第1幕

文字数 1,801文字





 その日の放課後、『銀の翼秘密同盟』の面々は、祝賀ムードの漂う港へと、揃って繰り出していた。

 今年は開港二百五十周年に当たり、本日は、その記念式典が朝から盛大に催されていた。

 栄えあるオープニングを飾ったのは、昼用の打ち上げ花火で、カラフルに着色された幾本もの煙の帯が、メルヘンチックに碧空を彩った。

 その後に続いたのは、港湾の上空を埋め尽くすほどの色とりどりの風船の大群で、それらが数十羽の白い鳩の群れと共に宙を舞い、とどめにファンファーレが鳴り響いた。

 打ち上げ花火は、日が暮れてからもう一度打ち上げられる予定で、オープニングの花火を見損ねた蔦彦達は、他の学校生徒達と同様、それも一つの楽しみとしてやってきていた。

 埠頭には豪華客船が接岸され、万国旗で賑々しく飾り立てられた甲板では、楽団が和やかなバロック音楽を演奏する中、立食パーティーが開かれている。

 そこではワインやシャンパンが供されるため、もっぱら大人達が集う場となっていた。

 その一方で、少年達の興味が向かう先は、もっぱらコンテナターミナルにひしめき合う露店の方だった。

 青と白、臙脂(えんじ)色と白、鶯(うぐいす)色と白などのように、主に二色使いの、けれどもその太さは様々のストライプの天幕が、コンテナターミナルのぐるりを取り囲むようにして、ずらりと軒を連ねている。

 そこで商われるのは殆どが、簡単に調理された軽食と、飲み物の類いだった。

 砂糖漬けの果物に、干した果物。

 揚げ菓子に焼き菓子。

 パウダー状のアーモンドとシナモンをトッピングしたホットチョコレートに、生クリームと蜂蜜を浮かべたホットミルク。

 焼き栗に焼きとうもろこし。

 キャラメル風味やチーズ風味のフレーバーポップコーン。

 ふかしたじゃが芋にバターを添えた物。

 スパイシーに味付けされた唐揚げ。

 チーズのダイスを練り込んだパン生地に、カリカリに焼いたベーコンやウインナー、野菜等を適宜挟んだ物。

 天幕の所々では、常に湯気が立ち上り、食欲をそそる濃厚な匂いが立ち込めていた。

 それだけではなく、肉が焼ける音や、高温の油が爆ぜる音などが、余計に空腹を刺激する。

 漂ってくる匂いにつられたのか、数匹の野良猫が、物欲しそうに辺りをうろついていた。

 蔦彦、真澄、竹光、それに風之助の四人は、思い思いに好みの軽食や飲み物を調達しつつ、たわいもない話に笑い合いながら、人波を縫ってそぞろ歩いた。

 少年達がいつもよりはしゃいでいるのは、お祭り騒ぎのような周囲の賑やかさにつられて浮かれていることだけが、理由ではなかった。

 下らない冗談を費やしてまで、その場の間を持たせようとしているのは、沈黙が創り出す蒼褪めた空白を、何よりも恐れていたからだ。

 今日は、遠方への父親の転勤に伴って、別の学校に転校することが決まった風之助が、友人達と過ごせる最後の日だった。

 朱金に燃えたぎる太陽が水平線へと傾き、波間に金箔が煌めき始めた。

 静かに打ち寄せる波の音は、穏やかなリズムを創り出し、そこにカモメの鳴き声がスタッカートを添える。

 その頃になると、少年達は、波止場の喧騒を離れ、重厚な煉瓦倉庫が建ち並ぶ辺りを逍遙していた。

 その辺りに入り込んでしまうと、楽団が演奏するバロック音楽や、群衆が生み出す騒めきなどが、煉瓦倉庫の壁に遮断され、ミニチュア家具のような音量に感じられる。

 少しずつ厳寒が解け掛けてきた三月初旬とは言え、まだ北風が玉座に居座っている。

 それに合わせて、少年達の出で立ちは、ダッフルコートやピーコートに、タータンチェックや三色縞のマフラーといった体だった。

 コートは渋い色味の物を着込んでいるが、マフラーに関して言えば、高原で見掛ける美しい色合いの鳥達が、そこに集っているかのようだった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

・・・ 第2幕へと続く ・・・


☘️いつもご愛読頂きまして、ありがとうございます。1000記事以上の豊富な読み物が楽しめるメインブログは、『庄内多季物語工房』で検索出来ます。そちらでも、あなたのお気に入りの物語を、見付けてみて下さいね。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み