第2幕
文字数 1,111文字
風之助は、他の三人に背中を向け、少し先をゆっくりと歩いていた。
真澄が不安気な表情を浮かべたのは、名前に“風”という字が込められた風之助が、ロープを解かれた気球のように、今にも飛び立っていきそうに見えたからだ。
彼のようにあからさまに顔に出さないまでも、蔦彦と竹光も、似たような心境に駆られていた。
風之助は、不意に立ち止まると、くるりと正面を向き、殊更何気ない口調を装って、こう言った。
「じゃあ、そろそろ行くよ。
今まで、きみ達と一緒に過ごせて、本当に楽しかった。
絶対に忘れないよ。
いつになるかは分からないけど、また逢える日まで、元気でな」
すると、三人は口々に、抗議の声を上げ始めた。
「え―っ! まだ早いじゃないか!」
「そうだよ。
夕方の花火を一緒に見る約束だっただろう?」
「風之助、僕達には、別れを惜しむ時間が、もう少し必要なんじゃないのか?」
風之助は、ダッフルコートのポケットに両手を突っ込んだまま、のけ反るような勢いで大きく天を仰ぐと、今度は自分の革靴の爪先に視線を落とした。
そして、俯いた姿勢のまま、口を開く。
その声は、少しくぐもって聞こえた。
「…‥僕を困らせないでくれよ。
まだ笑える余裕があるうちに、笑顔で別れたいんだ。
これ以上別れを長引かせても、きっと、もっと辛くなるだけだ。
そうしたら、これが今生の別れみたいになってしまうだろう?
だけど笑顔で別れたら、いつかまた逢えるって、希望に繋げられる」
そんなナイーブな胸の内を明かされてしまったら、それ以上引き止める方が酷というものだ。
風之助を見送る少年達の胸の内には、静かな諦念が広がっていった。
真澄は、通学用のリセバッグの中から、一冊のファイルを取り出すと、それを風之助に差し出した。
その表紙は、落ち着いたチョコレートブラウンで、金色で描かれた豆粒ほどのエッフェル塔の模様が、等間隔で並んでいた。
「『銀の翼秘密同盟』の歴史だよ。
この中に、今まで創作してきた全ての物語が閉じてある。
ICレコーダーで録音しておいた皆の語りを、書き起こしてみたんだ。
風之助に、ぜひとも持っていて欲しい」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
・・・ 第3幕へと続く ・・・
☘️1000記事以上の豊富な読み物が楽しめるメインブログは、『庄内多季物語工房』で検索出来ます。そちらでも、あなたのお気に入りの物語を、見付けてみて下さいね。