第3幕
文字数 1,524文字
ファイルを受け取った風之助は、表紙を開くと、中身をぱらぱらと捲り始めた。
「『水中庭園』か…‥。懐かしいな。
これが全ての始まりの物語だったよね。
『旅人の鞄』は、確か、完成までに一番時間が掛かった物語じゃなかったかな。
途中で真澄が質の悪い風邪を引いてさ」
「そうそう!
高熱が出て、五日間寝込んだ上に、起き上がれるようになってからは、一週間くらい声が出なかった」
「その間、三人で何とか物語を繋げようとしたけど、何だかしっくり来なかったんだよな」
「多分、四人で物語を創り上げるという“場”が、既に出来ていたんだと思う。
だから三人だと、上手く回らなかったんだよ」
「それから、『虹の翼』の時には、翼を怪我して飛べなくなっていたツグミを、皆で面倒見て…‥」
そこまで言い掛けると、風之助は急に寂しそうな表情になり、口を噤んだ。
そして、ファイルをぱたんと閉じる。
「…‥もう止めておこう。
このままだと、永遠に話し込んでしまいそうだ。
…‥あ、そうだ。危うく忘れるところだった。
蔦彦、これを渡しておくよ」
風之助は、藍色とレモンイエローの二色縞のマフラーを巻いていたが、そこに留め付けてある白銀色のピンバッジを取り外すと、それを蔦彦の左手に握らせた。
「『銀の翼秘密同盟』は、永遠に不滅だよ。
僕がいなくなったら、誰か適任者を探して、そいつを新しい仲間として、迎え入れて欲しい」
それを聞いた途端、蔦彦はさっと顔色を変えた。
「馬鹿なことを言わないでくれよ、風之助!
『銀の翼秘密同盟』のメンバーは、これまでもこれからも、ここにいる四人以外にはあり得ないよ!」
「分かってる。それは僕も同じ気持ちさ。
だけど、僕達はこれから大人になって、離れ離れになる時がきっと来る。
その時に、気の合う仲間達と一緒に創り上げた物語の世界観が、力強い支えになってくれると思うんだ。
物語を創り上げる過程で共有した、喜びや悲しみ、裏切りや冒険。
そんな記憶を思い出す度に、仲間と繋がっていたことも思い出すんだ。
だから、そういった特別な記憶を、今のうちに沢山作っておいて欲しい。
それらはきっと、今後人生を歩んでいく中で、楯となり槍となり、魔法の杖や空飛ぶ絨毯となり、薬草や聖水にだって、姿を変えていくと思うから」
蔦彦は、左手の中にあるピンバッジを、軽く握り直した。
「…‥分かったよ。
このピンバッジは預かっておく。
ただしそれは、風之助が戻ってくるまでの間だけだからな」
「そうだよ、風之助。
新しい学校が嫌になったら、いつでも戻ってきてくれて構わないんだからね」
「いつだって歓迎するよ」
風之助は、三人の顔を順繰りに見回すと、さも可笑しそうに、声を転がして笑った。
「皆、ありがとう。嬉しいよ。
でも、本当に、もう行かなきゃ。
さあ、三人とも、目を閉じて。
もうすぐ夕方の花火が上がる頃だから、それまで絶対に、目を開けちゃ駄目だよ。
風之助は、風使いの子供。
立ち去る姿は風に紛れて、誰も目にすることは出来ないのさ」
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・・・ 第4幕へと続く ・・・
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