第4幕
文字数 1,496文字
風之助は、三人が渋々ながらも、素直に目を閉じたところを確認すると、ダッフルコートの裾をひらりと翻して、疾風の如く駆け出していった。
何棟もの煉瓦倉庫が軒を連ねる細い路地に、風之助の靴音がカスタネットのように反響する。
それが三人の耳許に届く頃には、霰(あられ)が空から降ってくるように聞こえるのだった。
やがて風之助の予告通り、風船から空気が抜けていくような音がひゅるひゅると響き、それに続いて、天上で小気味良い炸裂音が轟いた。
三人の少年達は、反射的に目を見開くと、そのまま頭上を振り仰いだ。
その瞬間、葡萄色の夕空に、大輪の菊の花が花開いた。
それは、金と銀の艶やかな二重奏の煌めきを奏でていた。
引き続き、色とりどりのスパンコールをちりばめたようなファンタジックな花火が次々と打ち上がったが、蔦彦の視線は、それらを射抜いてはいなかった。
代わりに追い掛けていたのは、飛来するコウモリのような、小さな小さな飛行物体だった。
その物体は、海の中を漂うクラゲのように、ふわふわと頼りなげに浮遊していた。
そうしながらも、次第にゆっくりと下降してくる。
その正体を見抜いた途端、蔦彦は軽い驚きに息を呑み、続いて声を上げた。
「落下傘だ。向こうに落ちるぞ!」
それから間髪を容れずに走り出す。
竹光と真澄も、蔦彦に遅れを取るまいとして、火の中から爆ぜた栗のような勢いで走り出す。
打ち上げ花火の中に、ごくたまに仕込まれていることがある玩具の落下傘は、煉瓦倉庫の裏手の方へと流されていっていた。
倉庫の壁に反響する三人の足音は、いつまでも鳴り止まない拍手のように、彼らの後を追い掛けてきていた。
その騒々しい靴音が、たたらを踏むように不意に止まったのは、煉瓦倉庫群から少し外れた辺りだった。
鳩羽紫色に暮れ残った薄闇の中で、くしゃくしゃに丸まったハンカチのような物が、冷たい石畳の上に横たわっていた。
しわしわの落下傘を蔦彦が拾い上げた時、紐の先端に重りとして括り付けられているハトロン紙の包みに気付いた。
その中には何かがくるまれているようだった。
そこで、その薄紙の包みを開いてみると、中から出てきたのは、四枚のカケスの羽根だった。
その黒い羽弁の片側には、美しく繊細な縞模様のグラデーションが、くっきりと刻まれている。
カケスの羽根が四枚もあることが、少年達の胸を切なく締め付ける。
その場にいないもう一人の存在を、いやが上にも強調してしまう数だった。
「風之助の奴、だから一緒に花火を見ようって言ったのに」
「仕方がないさ。
風に待てって言ったって、聞くもんか」
「だけど、このうちの一枚は、風之助が持つべき物だ。そうだろう?」
蔦彦のその言葉に、竹光と真澄は大きく頷いてみせる。
蔦彦は、続けてこう言った。
「あいつの転居先の住所、聞いておいて良かったな。
明日、早速郵便局に行って、速達で送ってあげよう」
三人の少年は、四枚のカケスの羽根を見詰めながら、静かに頷き合った。
~~~ 完 ~~~
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
☘️いつもご愛読頂きまして、ありがとうございます。1000記事以上の豊富な読み物が楽しめるメインブログは、『庄内多季物語工房』で検索出来ます。そちらでも、あなたのお気に入りとなる物語との出逢いを、楽しんでみて下さいね。