モストプレミアム・バーラウンジ

文字数 5,661文字




我が第34連隊のリーダー、望月隊長のご実家は、ずいぶんと貧しかったらしい。

そりゃあもう、ずいぶんと。

隊長殿のお父上は腕利きの大工だった。

職人気質のかたまりで、やりがいのある仕事なら、どんなに安くても引き受けてしまうお方だったそうだ。

そんなお父上は、いつもあこぎな連中にいいように利用され、一家の収入は雀の涙。

隊長殿が小学生の頃は、レトルトカレー1袋を家族4人でわけあったり、電気代節約のため、豆電球を使って勉強していた……

という話も、自分は飲み会の席で聞いたことがある。

隊長殿は、

『しかしまあ、カレーはもともとあまり好きではなかったし、

豆電球はホタルの光よりは明るかったぞ』

と笑っておられた。

だが、貧しかった幼き日の思い出は、いまだに隊長殿に影を落としている。

訓練で野営するときなど、我々はよくレトルトカレーを食するが、隊長殿は昔のクセが出るのだろうか、

4分の1の量のカレーがライスにかかった時点で、必ずいったん手を止める。

そしてハッとしたあと、いまいましそうに眉間にしわを寄せ、残りのカレーを絞りだすのだ。

そんなトラウマを持ちながらも、見事に出世を果たした望月隊長は、自分にとって興味深い存在なのである。

ところで、隊長殿と自分が所属する第34連隊は特殊部隊である。

その任務は、市井の人びとを搾取下におく悪徳商人たちを、けちょんけちょんにすること。

部隊のスローガンはこうだ。

『暴利をむさぼるヤツら、許すまじ』

このスローガンが望月隊長のハートに刺さったのは、想像にかたくない。

望月隊長は、我が意を得たりとばかりに八面六臂のすさまじい活躍をされ、結果、25歳の若さで第34連隊の隊長となられたのだ。

ただ、ここでお断りしておく。

我々の部隊はいっさい武力を使わない。

では、どのような作戦を遂行するのか。

順を追って説明しよう。

まず、我々は部隊自体を会社組織にしてビジネスを設立し、成功させ、自身のステイタスを爆上げする。

次に悪徳商人たちの通う豪華施設に入れるレベルになったところで、

ヤツらに近づき、知り合いになり、信頼を勝ち取る。

さらに、仕事のぐちを聞いてやったりするくらいまで懇ろになる。

そしてしばらく蜜月が続いたある日、我々は素知らぬ顔でいきなり裏切り、

悪徳商人たちに精神的なダメージを与える……という、高度な攻撃をしかけるのだ。

つまり、ヤツらが二度と立ちあがれないくらい、メンタルからグダグダにして──

ん? 誰だ? 今、まどろっこしいなと言ったヤツは?

まあ、いい。

今回、新ビジネスでそれなりの成功をおさめた我々は、悪徳商人たちの集う、『モストプレミアム・バーラウンジ』へ潜入する。

ヤツらがプライベートで無防備にたむろするそこは、ある意味ヤツらの本拠地と言えるだろう。

さあ、我々の活躍をとくとご覧あれ。



   ※   ※   ※



夜。隊長殿を含む我々総勢13名はダークスーツに身を固め、繁華街のとあるビルの前へやってきた。

この最上階に、目指すモストプレミアム・バーラウンジはある。

外見はただのテナントビル。

だが、バーラウンジの中は豪華絢爛、酒池肉林のめくるめく世界が広がっているにちがいない。

「悪の巣窟、モストプレミアム・バーラウンジ……。ついにここまで来たな」

隊長殿が感慨深げに言った。

「はいっ、血のにじむような奮励努力の日々がむくわれましたあっ!」

隊員の言葉に仲間たちは大きくうなずき、目をうるませる。

すると、隊長殿の怒鳴り声がひびく。

「ばかもの! 本当の任務はこれからだ! 悦に入っている場合ではないぞ! 全員で突撃だ!!!」


   ※   ※   ※



扉が開くと、目の前に広々とした空間が広がった。

のであるが……

(これがモストプレミアム・バーラウンジ……か?)

自分は思わず首をかしげた。

高級そうな絨毯が敷きつめられているものの、装飾は意外に質素。

まあまあオシャレなカフェバーといった、微妙な雰囲気だ。

「第34連隊特殊部隊御一行さま、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

我々を出迎えたのは、バーラウンジの支配人だ。

「隊長殿……部隊の名前、そのままで予約を?」

小声で隊長殿に聞いた。

「ああ。うっかり口走ってな」

「そ……そうでありますか」

(自分が予約すればよかった……)

隊長殿は優秀なお方だが、少々おっちょこちょいのところもある。

案内され、奥へと進みながら、自分はちらちらと辺りに目をやった。

我々の敵である悪徳商人たちがそこかしこにいる。

ただ……

(なんとなく……ムードが暗いような?)

自分と同様、ほかの隊員たちも席につきながら、

「静かだな。派手なパーティーとかしてるもんだとばっかり……」

といぶかしげな表情を浮かべている。

来るまでは、ギラギラでけばけばしい雰囲気を想像していた。

ところが実際は、どいつもこいつもくたびれたスーツ姿。

ひとりでちびりちびりとグラスの酒を飲んでいるヤツらがほとんどで、華やかさのかけらもない。

中にはパソコンに向かって仕事をしているヤツまでいる。

だが落ち着くと、隊員たちもそれなりに高級バーラウンジの高級っぽいところに気づきはじめた。

「隊長殿、おいしそうなフルーツの盛り合わせがあるであります! 注文してまいります!」

「あ! めったにお目にかかれない幻のワインが!」

「窓からの夜景も最高ですよ!」

隊員たちは口ぐちに言い、フラフラと歩きだす。

「おいっ、まっ、まて! 貴様ら!」

隊長殿が止めるのも聞かず、みんな勝手にそれぞれ興味のあるところへ行ってしまった。

残ったのは、隊長殿と自分だけだ。

「どいつもこいつも、すっかり骨抜きじゃないか。この豪奢なムードに目がくらんだんだな」

「お言葉ですが、隊長殿。ここは決して豪奢というほど豪奢では」

「は? 貴様。ここが豪奢でなければ、どんなところが豪奢なのだ?」

「し……失礼いたしました。ご、豪奢、確かに豪奢であります。

それより隊長殿、とりあえず敵情視察とまいりませんか」

「そうだな。まずは……向こうで暇そうにしている男に近づこう」


   ※   ※   ※


 
隊長殿と自分は、窓際のソファにひとりでいる男のところへやって来た。

すると、我々は思いがけない光景を目にした。

男が夜景を見ながらくつろいでいるのかと思いきや……

なんと野菜スティックをくわえたまま居眠りしているではないか。

「野菜スティックがのどにつまったらあぶない。声をかけてやれ。

オレは少し離れたところから見ている」

「え。隊長殿は見てるんですか?」

「せっかく寝てるのに起こしやがって……とかなんとか怒られたらイヤだしな」

「は、はあ……」

隊長殿は、すっと観葉植物の影にかくれた。

望月隊長は変に臆病なところがある。

たとえライオンが襲ってこようとも平気で戦うほどの勇気を持っているくせに、

賞味期限の切れた牛乳を見ただけで気を失いそうになったりするのだ。

(命令だし。仕方ないか)

隊長殿の視線を背中に感じながら、男に声をかける。

「あ、あの……お休みのところ失礼します。野菜スティック、のどにつまりませんかね?」

「むぐ……? ああっ、いかんっ!」

男はハッと目をさました。

「会議までに資料をまとめなければっ!」

あわてて野菜スティックを食べ、ノートパソコンに向かう男。

仕事のことで頭がいっぱいのようだ。

そして、どことなく顔色も悪い。

「このバーラウンジを利用するレベルの方ともなると、日々、なにかとおいそがしいのでしょうね」

いつのまにか隊長殿が隣に来ていて、男に声をかける。

「ああ、オレがいないとチームの仕事がまわらんからな……って、あんたら誰?」

すると隊長殿は、さっと名刺を差し出した。

「実はわたくしどもの会社はアウトソーシングの分野では業界1、2を争う……ことを将来的に希望しているベンチャー企業でして。

ええ、決してあやしいものではございません。

ここでお会いしたのもなにかの縁。どうぞ、わたくしどもを信用してください。

無料で、そう、今なら完全無料でお力になりますよ」

なんともうさん臭いスクリプト だが、打ち合わせどおりの文言を隊長殿が言った。

「へえ……」

男はビジネススマイルを浮かべる我々を交互に見た。

そして、でもなあ……と頭をかく。

「オレには権限がないからな」

「権限が……ない? とは?」

隊長殿がきょとんとする。

「だからさ、仕事であんたらと組むとか組まないとか。

オレみたいな下っ端が考えても無意味なの。そういうの決めるのは上層部の連中。

こんな安っぽいバーラウンジにたむろってないわけよ」



   ※   ※   ※



「では、解散!」

夜更けの通りに、望月隊長の号令がこだまする。

「お疲れさまでしたっ!」

隊員たちはご機嫌なようすで歩きだす。

「いやあ、さすが高級バーラウンジ。いいワインがいっぱいあったなあ」

「スモークサーモン、美味くて食いすぎたよ」

隊員たちは談笑しながら、繁華街の人ごみの中へ消えていった。

自分と隊長殿だけがこの場に残っていた。

望月隊長は、ずっとむずかしい顔をしている。

無理もない。作戦は失敗。

ゲームで言えば、最終ステージだと思って行ったところが、雑魚キャラだけしか出ない

単なるレベルアップ用のステージだったのだから。

「あの男、モストプレミアム・バーラウンジを安っぽいバーラウンジだと言い放っていたな」

隊長殿がぽつりとつぶやいた。

「……お前の言ったとおり、モストプレミアム・バーラウンジは大した場所じゃなかったんだな」

「いえ、確かに高級な店でありました。ただ、上には上があるということかと……」

「つまり……オレたちの真の敵がいる場所じゃなかった」

「はい……」

我々はしばらく黙って歩き続けた。

週末の夜。繁華街はいつにもまして賑やかだ。

「本当の敵は……どこだ?」

隊長殿の独り言が、街のざわめきの中に沈んだ。

敵だと思い込んでいたヤツらは下っ端で。

本当の敵ではなかった……。

ふと、バーラウンジで会った男の顔色の悪さを思い出す。

(敵どころか、暴利をむさぼる連中に近いポジションにいる分、

むしろヤツらの方が搾取されているのかもしれない。

金ではない、大切ななにかを……)

そんなことを考えていたとき、隊長殿が口を開いた。

「バーラウンジにいたヤツらは、ある意味かわいそうな連中なのかもしれんな」

「え……」

「ヤツらの方が、よっぽどオレたちより悪徳商人に搾取されているんじゃないのか」

「自分もそう思いました。でも……少なくとも金はうなるほど持っているはずです。

いったいなにを搾取されているんでしょう」

「うむ。そうだな……」

隊長殿はあごに手をやった。

そして、自信に満ちた声で言う。

「……笑顔だ」

「笑顔……でありますか?」

そんなふんわりした答えが返ってくるとは思っていなかった。

だが……

笑顔が自分やまわりの人間にもたらすものを、よくよく探ってみれば……

人がどんなときに心からの笑顔になるのかを、よくよく考えてみれば……

隊長殿のおっしゃることは、ある意味、真実と言えるのかもしれない。

ヤツらは生まれながらに持っていた、莫大な豊かさを搾取されているのかもしれない。

「あははは!」

とつぜん、望月隊長が笑い声をあげる。

「隊長……殿? どうされました?」

「笑ってやったんだ。オレは笑ってやる。

この世界のどこにいるのかすらまだわからない、悪徳商人にやられていない証拠にな。

命令だ。お前も笑え」

「えっ? は、はいっ!」

我々は通りを行く人びとの視線もかまわず、笑い続ける。

笑って笑って、笑いつくすまで笑って。

なんだか本当におかしくて笑っているような気になるまで笑って。

我々はようやく笑うのをやめた。

「ははっ、よし。こんなもんだろう」

「は……はい……」

腹が痛くなるまで笑ったせいか、なんだか頭がすうすうしている。

「せっかくモストプレミアム・バーラウンジに行ったんだ。

オレも隊員たちと同じように、美味い酒でも飲めばよかった。

今回ばかりはあいつらが正解だ」

「では望月隊長、これから居酒屋でも行きましょう。

ふたりで大いに飲もうじゃありませんか」

「うむ、いいな。だが、経費にならないから割り勘だぞ」

「は、はい……。もちろんであります」

「ああ、そうだ。酔う前に言っておきたいことがある」

「なんでありましょうか」

「今日、我々は勝利した」

「え……?」

「今後、我々第34連隊は特殊部隊としての任務を果たせるかどうかはわからない。

敵にたどりつけるかどうかもわからない。

だが……

ひとつだけ確かなことがある。

人生はにらめっこではない。

笑うと負けではない。笑わねば負けなのである。

笑っているかぎり、我々の勝利なのだ」

「隊長殿……」

意気揚々と歩く望月隊長の背中を、あぜんと見つめる。

(ホント……負けず嫌いなお方だ)

自分は吹き出しそうになるのをこらえながら、隊長殿のあとを追った。

やはり望月隊長は、とても興味深い存在なのである。

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