序章②

文字数 2,508文字

錆びた階段を登り、最奥にいくと、そこに僕の住居がある。くたびれたアパートの2階。家賃が3万円で駅から5分。ワンルーム。汚さと古さに目を瞑れば、素晴らしい住居だ。

玄関に入り、リュックをその辺りに投げると、冷蔵庫からコーラを取り出して、すぐに口をつけた。仕事終わりの炭酸が体に染みる。その瞬間だけは、ビールを美味しそうに飲む人たちの気持ちがわかる。ビールが嫌いなのにも関わらず。

同時に一色にもらっていた携帯を見た。もちろんロックはかかっていない。色々と探って見た。連絡帳に第2魔女と敷島の連絡先が入っていた。しかし、一色の連絡先は入っていない。

そこから色々と中身を探ってみたが、それ以上にこのスマホにデータが入っていることはなかった。

そこから携帯を机の上にほっぽり出し、風呂に入った。シャワーを浴びてすぐに出ると、もらったスマホにメッセージが入っていた。メッセージの主は敷島敬だった。

「依頼;裏切り者の調査 最近、ニュースで取り上げられているから知っているとは思うが、最近、女性を狙った連続殺人事件が起こっている。詳しい情報はまだ調査中だが、誘拐されたであろう場所から考えて魔術師の可能性が出ている。その事件について、調査を依頼したい。必要な情報等があれば、できるかぎり共有させてもらうつもりだ」

連続殺人事件。その言葉には聞き覚えがあった。6ヶ月前より発生した殺人事件。被害者は全員女性。20代前半であり、首を絞められて殺されていた。犯人の動機は性的倒錯であると言われている。

今回注目すべき点は、その犯行現場である。全ての犯行現場の500m以内に異界が存在してたという点だ。しかし、ここ一月程新たな被害者の情報はなかった。もしかしたら、警察に目をつけられていることに気づいて、一度身を隠しているのかもしれない。

異界は魔術師のみが使用できる、他世界への出入り口。その近辺は厳重に警護されており、不審者がいようものなら、簡単に見つかってしまう。しかし、異界にもいくつかの抜け道が存在する。それらを調べるのは、容易ではない。

しかし、これほどまでにわかりやすい状況証拠を残すということも気になる点ではある。よほどの自信家か、何かしらの事情があるのか。

僕は後者だと考えている。自身家が行ったにしては、あまりに5人の被害時期に開きがある。

一人目が殺さらのが、今から2年ほど前。そこから半年に一回のペースで反抗が行われている。自身家の場合、犯行から次の犯行までの時期は短くなる傾向になるはずだ。

犯人は慎重な人物である。それが僕の出した結論だ。しかし、それ以上の情報は特にない。強いていうなら、犯人は男である可能性が高い、ということくらいか。

こう考えると、ショートメールの差出主である敷島や今日あった一色も容疑者になる。

と、突然電話が鳴った。敷島敬からだった。少し迷ったが電話に出た。

「もしもし」

「まさか出てくれるとは思わなかったよ」

「要件は?」

「友人に対して、随分と冷たいじゃないか」と敷島はため息を吐いた。「周りに誰かいるか」

「家だよ。誰もいない」

「ショートメールは見たか?」

「連続殺人事件の犯人を見つけてくれってやつか。僕にそんな依頼をしてどうするつもりなんだよ。それはお前の仕事だろ」

「ああ、その件で電話した」

「僕に犯人探しなんてさせるなよ」

「そのショートメールは偽装だ。すでに犯人はわかっている」

「はあ? 偽装?」そんなことをする理由がわからない。

「犯人は一色だ。あいつを捕まえるのに協力してもらいたい」

「一色が犯人?」ありえない。

「証拠は揃っている」

「だとしても、魔女が動けばいいだけの話だろ」

「問題はそうも簡単じゃないのさ。この事件にはあいつも関わっている」

「あいつ?」

「俺の弟弟子――神谷聖だ」

 神谷聖。この名前を知らない人間はこの国にはいない。各国で複数のテロ事件に関与している彼は、国際指名手配犯としていまだにどこかに潜んでいる。

「四家が何か言ってきているのか?」

「神谷が関わっている事件に魔女は出さない。そういう決定がなされた。みんな4人目が誕生するのを恐れている」

「馬鹿馬鹿しいな」

「四家だけじゃない。第一魔女もその決定に素直に従っている」

「あの人が?」

 四家。東家、北家、南家、西家、の四つからなる家々の総称である。この四家は政治の中枢に深く根を張っている家たちであり、現職の政治家や大臣、果ては総理大臣に至るまで、あらゆる役職にこの四家出身者あるいは血縁者、関係者が多数存在する。そのため、この四家で決められた決定は、すなわち国の決定と言って差し支えないものである。

そして、第一魔女。魔術師の中で魔術に最も優れた女性を魔女と呼ぶ。その魔女の中にも序列が存在しており、第一魔女から第8魔女の位がある。そして、第一魔女は、魔女たちのトップに君臨する存在だ。軍事面を支える彼女と政治に根差した四家では、本来、四家とは衝突することが多い。

「四家はともかく、どうして第一魔女まで?」

「俺が聞きたい」と心底呆れたような声音だった。「ともかく、この件で魔女は動かない。そして、その従者も、だ。だから、俺たちでなんとかしないと思った矢先に、第二魔女がお前に従者として戻ってくるように手回しをしているという話を聞いてな。そこ経由でお前に一色を確保してもらいたい」

「お前がやればいい」

「警戒されている」と真剣な口調で言った。「一色よりも優れた魔術師であり、最も警戒されていないお前じゃなければ、いけないんだ」

「この話は他の奴らには?」

「してない」

「どうしてだ?」こんな重要な情報を共有しないのは、あり得ない。

「あいつに気取られたくない」

「……」

珍しいな、と思った。いつもあらゆることに目を配り、徹底した危機管理を持っている。そんな奴が魔術師を辞めた僕に連絡をよこし、手伝えを言っているのは、極めて珍しい。それほど追い詰められているのか、周りに信用できる味方がいないのか。

「相当まずいのか?」

「まずいな。正直、誰を信用していいのかわからない」

「……わかった。だが、期待するなよ」

「助かるよ」大きくため息をはいた。「本当に助かるよ」
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登場人物紹介

夜久 守

出身:魔術の国

今作の主人公

3人目の「最悪の魔術師」

2年前の事件をきっかけに魔術師を引退。

フリーターとして、働いている。

シエル・クラシカ

出身:夜人の国

元第2魔女

故人



西美咲

出身;魔術の国

現第2魔女

夜久守を再び魔術協会に戻るように説得した人物。

夜久守をスカウトしたのには、思惑がある。


一ノ瀬鏡

出身:不明

第1魔女

魔術の国最強の人物

夜久恵子の先生をしていた時期もある。

夜久恵子

出身:魔術の国

医術師および治癒師の中で最高峰の技術を持った人物。

とある計画で主人公を造った。

第1魔女の弟子

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