序章①
文字数 2,918文字
朝八時。通勤ラッシュの時間帯だというのにも関わらず、この店に客は少ない。それもそのはず、周りにコンビニが3店舗ほど並んでおり、この店はその中でも品揃えが最も悪い。それに加えて、客の愛想が悪いと何かの評価サイトで言われていた。客が来るわけなどない。しかし、この店でしか売っていないお手製のパンが売っていることから、そのパン目当てでこの店に来る客は多少なりともいた。数少ない客を満足させるベく、僕は今日も丁寧に接客をするのだった。
「いらっしゃいませ」と笑顔を張り付かせて僕が言った。
客がレジに商品を置くと、それを手に取り、バーコードを読み取る。バイトを始めた2年前はただ、それだけの作業でどうしていいかわからず、もたついていたことを思い出す。今では、客が置いた商品から、ある程度の金額までわかるようになっていた。ただ、その特異な技能が特に役に立つことはないのだが。
「袋はご利用でしょうか」と聞くと、客は首を縦に振った。
「合計で789円になります」
そういうと、客は1000円を出してきた。すぐにレジスターに打ち込んだ。そこでお釣りを相手の手に渡すと、足早に客は出口に向かった。
「ありがとうございました」すでに外に出た客に向かって、元気な声でそう言った。
このバイトを初めてもう2年になる。最初こそレジの打ち方すらままならなかったが、今となっては慣れたものだ。品出しや公共料金の処理、宅急便の処理など、案外コンビニバイトはやることが多い。昔やっていた仕事よりも収入はかなり低いが、仕事の量や覚えることはあまり変わらない。こう言った場面で社会の理不尽を感じてしまう。この社会では仕事量と時給は必ずしも比例しないことが、わかった。昔の僕では得られなかった知己だ。しかし、誰もこの格差を是正しようとしない。
店の自動ドアが開いた。また、笑顔を張り付かせてお決まりの挨拶をしようとしたが、やめた。自動ドアには昔の知り合いがいた。
2年前に勤めていた仕事場の同僚。
最近、よくこのコンビニを訪れる。魔術師学校での同期であり、男性魔術師の中でも実力は頭ひとつ抜けていた。
最初にここへきた時には、会うのが久しぶりのせいか誰なのかがわからなかった。名前を言われてようやく目の前の男が誰なのかが理解できた。合わなくなって2年しか経っていないはずなんだが、おかしなものだな、と思った。僕は2年という歳月を甘く見ていたのかもしれない。
「おい、挨拶はどうした?」とニヤニヤしながら、レジの前にきた。
「何かご用でしょうか?」
「まだあの件の返事をもらってないぞ」
いつもの同じような絡み方だった。ここ数日、彼はいつもそう言ってくる。
「見てわかるだろ、仕事中だ」
「客はいないぞ」とわざとらしく辺りを見渡した。
「帰ってくれ」
「おいおい、親友に対していう言葉か?」
「いつ親友になったんだよ」
「それで、早く答えを聞かせてくれよ。戻るのか、戻らないのか?」
「戻らない」
「そういうなよ、戻った方がいいに決まってる。第2魔女直々の話だ。そう簡単に結論づけるなよ」
「早く答えを聞かせろっていたのは、そっちだろ」
「俺が聞きたいのは、戻るという答えだけだよ」
「相変わらず、お前たちは傲慢だよ」
「あたりまえだ、この国の平和を守る『魔術師』なんだから」
「下っ端魔術師、な」
「謙遜するなよ。お前が下っ端魔術師なら、俺はどうなる?」
「どうせ、出世なんかできないだから、魔術師やめた方がいいんじゃないのか?」
「出世はできないが、やりようによっちゃ、玉の輿に乗れる」と彼はスマホを取り出し、写真を見せてきた。女性とのツーショット写真だ。
「結婚の予定でもあるのか?」
「まあな」
「物好きもいるもんだな」
「この子に見る目がある、と言ってもらいたいね」
「結婚したら、魔術師を辞めるのか?」
「まさか」被りを振った。
「どうして?」
「確かに下っ端魔術師だが、この仕事に誇りを持っている」
「そうか」
「だから、お前にも戻ってきた欲しいわけだよ」
「俺は今の仕事に誇りを持っているんだよ」
「コンビニバイトにか?」
「ああ、仕事量に見合わない時給。理不尽な客。カリカリしている上司。最高の職場だ」
「魔術師の頃とあんまり変わらないな」
しばらく考えて、確かにそうかもしれない、と思った。もしかしたら、仕事というのは、どこに行っても、同様の理不尽に晒されるのかもしれない。
「お前も頑固だな。どうして、同じなら、魔術師に戻ってくればいいのに。給料は高いし、お真上は僕と違って、優秀だ。だから、第2魔女からお声がかかった」
「仕事の邪魔だ。帰れよ」
また、自動ドアが開く音がした。そこにはいつもきてくれる常連の女性がいた。制服を身に纏った女子高生。リュックを背負い、とテニスラケットを入れたカバーを肩からかけていた。彼女はすぐに奥の棚に消えて、少ししてレジに来た。彼女の手にはクリームパン3つとフルーツオレを持ってきた。
いつもの買い物だ。彼女はいつもそれらを買ってから学校にいく。その時のレジは僕になることが多い。手慣れた手つきでレジを打っていく。正直、レジを打つまでもなく、目の前の商品の合計金額がわかる。
「夜久さん、ずっとこの時間にバイト入れてますよね」と女子高生が言った。
「フリーターですからね、朝から晩まで働かないといけませんから」
レジの画面に750円という文字が浮かび上がり、僕はそれをその通りに読んだ。
彼女は1000円札を出す。僕はそれを受け取ると250円を彼女に渡す。すると、彼女はぎゅっとその手を包むこんだ。
「毎日いてくださいね」とだけ言い残して彼女は去っていった。
「なあ」といつの間にかレジ前に戻ってきていた南将星が言う。「俺もコンビニバイトすれば女子高生にモテるかな」
「婚約者がいるんだろ。それに魔術師に誇りを持っているんだろう?」
「それはそれ、これはこれだよ」
「弁明する気はないんだな」
「とにかく戻ってこいよ。給料はいい。みんなから尊敬される。玉の輿に乗れる。第2魔女はお前にご執心。いいことずくしだよ」
「……第二魔女が俺を連れ戻そうとしてるってこと、四家は知ってるのか?」
「知らないだろうな」
「まずはそこを説得するのが筋だろ」
「無理に決まってる。だから、事後報告だ」
「また荒れるぞ」
「お前がやめたときのようにな」
「うるせーよ」
「敷島もお前を待ってるよ」
「あいつは……」言いかけたところでやめた。これを言ったところで、なんの意味もない。
「あいつは?」
「いや、何もない。それより、帰ってくれ」
「まあ、今日はここまでにしておくか」と一色は僕に携帯を渡してきた。
「なんだよ?」
「夜久専用の携帯を預かってきたんだよ」
「誰から?」
「第2魔女から」
「いらない」
「そう言われた時は、こういえって言われたんだよ『まだ借りを返してもらってない』」
「……」ひったくるように携帯を奪った。
「効果覿面だな。第二魔女にどんな借りがあるんだよ」
「さっさと帰れよ」
と僕がいうと、「へいへい」とだけ言って、すぐにコンビニから出て行った。目の前の携帯をじっと見つめた。また、面倒ごとに巻き込まれるかもしれないと思うと、少しだけ憂鬱になる。
「いらっしゃいませ」と笑顔を張り付かせて僕が言った。
客がレジに商品を置くと、それを手に取り、バーコードを読み取る。バイトを始めた2年前はただ、それだけの作業でどうしていいかわからず、もたついていたことを思い出す。今では、客が置いた商品から、ある程度の金額までわかるようになっていた。ただ、その特異な技能が特に役に立つことはないのだが。
「袋はご利用でしょうか」と聞くと、客は首を縦に振った。
「合計で789円になります」
そういうと、客は1000円を出してきた。すぐにレジスターに打ち込んだ。そこでお釣りを相手の手に渡すと、足早に客は出口に向かった。
「ありがとうございました」すでに外に出た客に向かって、元気な声でそう言った。
このバイトを初めてもう2年になる。最初こそレジの打ち方すらままならなかったが、今となっては慣れたものだ。品出しや公共料金の処理、宅急便の処理など、案外コンビニバイトはやることが多い。昔やっていた仕事よりも収入はかなり低いが、仕事の量や覚えることはあまり変わらない。こう言った場面で社会の理不尽を感じてしまう。この社会では仕事量と時給は必ずしも比例しないことが、わかった。昔の僕では得られなかった知己だ。しかし、誰もこの格差を是正しようとしない。
店の自動ドアが開いた。また、笑顔を張り付かせてお決まりの挨拶をしようとしたが、やめた。自動ドアには昔の知り合いがいた。
2年前に勤めていた仕事場の同僚。
最近、よくこのコンビニを訪れる。魔術師学校での同期であり、男性魔術師の中でも実力は頭ひとつ抜けていた。
最初にここへきた時には、会うのが久しぶりのせいか誰なのかがわからなかった。名前を言われてようやく目の前の男が誰なのかが理解できた。合わなくなって2年しか経っていないはずなんだが、おかしなものだな、と思った。僕は2年という歳月を甘く見ていたのかもしれない。
「おい、挨拶はどうした?」とニヤニヤしながら、レジの前にきた。
「何かご用でしょうか?」
「まだあの件の返事をもらってないぞ」
いつもの同じような絡み方だった。ここ数日、彼はいつもそう言ってくる。
「見てわかるだろ、仕事中だ」
「客はいないぞ」とわざとらしく辺りを見渡した。
「帰ってくれ」
「おいおい、親友に対していう言葉か?」
「いつ親友になったんだよ」
「それで、早く答えを聞かせてくれよ。戻るのか、戻らないのか?」
「戻らない」
「そういうなよ、戻った方がいいに決まってる。第2魔女直々の話だ。そう簡単に結論づけるなよ」
「早く答えを聞かせろっていたのは、そっちだろ」
「俺が聞きたいのは、戻るという答えだけだよ」
「相変わらず、お前たちは傲慢だよ」
「あたりまえだ、この国の平和を守る『魔術師』なんだから」
「下っ端魔術師、な」
「謙遜するなよ。お前が下っ端魔術師なら、俺はどうなる?」
「どうせ、出世なんかできないだから、魔術師やめた方がいいんじゃないのか?」
「出世はできないが、やりようによっちゃ、玉の輿に乗れる」と彼はスマホを取り出し、写真を見せてきた。女性とのツーショット写真だ。
「結婚の予定でもあるのか?」
「まあな」
「物好きもいるもんだな」
「この子に見る目がある、と言ってもらいたいね」
「結婚したら、魔術師を辞めるのか?」
「まさか」被りを振った。
「どうして?」
「確かに下っ端魔術師だが、この仕事に誇りを持っている」
「そうか」
「だから、お前にも戻ってきた欲しいわけだよ」
「俺は今の仕事に誇りを持っているんだよ」
「コンビニバイトにか?」
「ああ、仕事量に見合わない時給。理不尽な客。カリカリしている上司。最高の職場だ」
「魔術師の頃とあんまり変わらないな」
しばらく考えて、確かにそうかもしれない、と思った。もしかしたら、仕事というのは、どこに行っても、同様の理不尽に晒されるのかもしれない。
「お前も頑固だな。どうして、同じなら、魔術師に戻ってくればいいのに。給料は高いし、お真上は僕と違って、優秀だ。だから、第2魔女からお声がかかった」
「仕事の邪魔だ。帰れよ」
また、自動ドアが開く音がした。そこにはいつもきてくれる常連の女性がいた。制服を身に纏った女子高生。リュックを背負い、とテニスラケットを入れたカバーを肩からかけていた。彼女はすぐに奥の棚に消えて、少ししてレジに来た。彼女の手にはクリームパン3つとフルーツオレを持ってきた。
いつもの買い物だ。彼女はいつもそれらを買ってから学校にいく。その時のレジは僕になることが多い。手慣れた手つきでレジを打っていく。正直、レジを打つまでもなく、目の前の商品の合計金額がわかる。
「夜久さん、ずっとこの時間にバイト入れてますよね」と女子高生が言った。
「フリーターですからね、朝から晩まで働かないといけませんから」
レジの画面に750円という文字が浮かび上がり、僕はそれをその通りに読んだ。
彼女は1000円札を出す。僕はそれを受け取ると250円を彼女に渡す。すると、彼女はぎゅっとその手を包むこんだ。
「毎日いてくださいね」とだけ言い残して彼女は去っていった。
「なあ」といつの間にかレジ前に戻ってきていた南将星が言う。「俺もコンビニバイトすれば女子高生にモテるかな」
「婚約者がいるんだろ。それに魔術師に誇りを持っているんだろう?」
「それはそれ、これはこれだよ」
「弁明する気はないんだな」
「とにかく戻ってこいよ。給料はいい。みんなから尊敬される。玉の輿に乗れる。第2魔女はお前にご執心。いいことずくしだよ」
「……第二魔女が俺を連れ戻そうとしてるってこと、四家は知ってるのか?」
「知らないだろうな」
「まずはそこを説得するのが筋だろ」
「無理に決まってる。だから、事後報告だ」
「また荒れるぞ」
「お前がやめたときのようにな」
「うるせーよ」
「敷島もお前を待ってるよ」
「あいつは……」言いかけたところでやめた。これを言ったところで、なんの意味もない。
「あいつは?」
「いや、何もない。それより、帰ってくれ」
「まあ、今日はここまでにしておくか」と一色は僕に携帯を渡してきた。
「なんだよ?」
「夜久専用の携帯を預かってきたんだよ」
「誰から?」
「第2魔女から」
「いらない」
「そう言われた時は、こういえって言われたんだよ『まだ借りを返してもらってない』」
「……」ひったくるように携帯を奪った。
「効果覿面だな。第二魔女にどんな借りがあるんだよ」
「さっさと帰れよ」
と僕がいうと、「へいへい」とだけ言って、すぐにコンビニから出て行った。目の前の携帯をじっと見つめた。また、面倒ごとに巻き込まれるかもしれないと思うと、少しだけ憂鬱になる。