超能力。

文字数 1,763文字

念動力(サイコキネシス)
ポーン。次、停まります。
三つ前の席に座る腰の曲がった小さなおばあさんが、降車ボタンに伸ばそうとした手を引っ込めた。
さきほどからチラチラと降車ボタンを見ているので、降りる停留所が近いのだなと気が付いたのだ。ぼくは、身体を伸ばすのも一苦労だろうと思って、先にボタンを押してあげたのだった。

その翌日、ミーティング続きの課長が来客のアポがあるのに、時間に少し遅れて執務室に帰ってきた。部長は先に応接室に入ってしまっていて、完全に出遅れた形だ。ぼくは慌てて上着を羽織って出て行こうとする
課長に、「名刺入れ」
精神感応(テレパシー)
と、囁いた。
課長は、おっと、と言って一度自席に戻り、名刺入れを背広の内ポケットにしまってバタバタと出て行ったのだった。

その二日前、ぼくは休日に祖母のお墓参りに出かけたが、隣のお墓に来ていた家族が線香に火をつけるのにかなり苦労をしていた。風が強い日で、お墓の周りには風防になるものも見当たらない。コンディションが悪いのは誰の目にも明らかで、あんまりにも火が点かないので、お父さんが「お線香は諦めるか…」と残念そうに奥さんと子供達に言っている。
塩化能力(パイロキネシス)
ぼくは見るにみかねて、線香に火をつけてあげた。隣の家族は、なんで?とみんな驚いていたけれど、お墓にお線香を上げることができたと喜んでいたようだ。

ところで、ぼくはエスパーである。
エスパーとは、超能力者のことだ。ものの本で定義を調べてみると、実はぼくの能力はサイキックに近いようだが、日本ではエスパーの方が通りがよいような気がしている。
いや、そんな胡散臭い人間を見るような目でぼくを見ないでもらいたいのだ。ぼくは極めて合理的なエリート銀行員なのであって、事実を語るのみである。

直接ぼくとは関係のない時代の因縁の尻ぬぐいなんて納得がいかない。
だからあの時、ぼくは神様に猛抗議をしたのだ。その剣幕に閉口した神様は、クレームをつける客に割引券を渡すような顔をして、善行を積むためのツールを寄こしてきた。それが、ぼくの超能力である。

目を覚ましたぼくは、変な夢を見たと思った。ただ、夢と片付けるには少々生々しい感じもした。
だから、超能力を得たからには某アメリカの超能力集団コミックのように、それをふんだんに使って、目から光線を出したり、嵐を操ったりできるものなのかといろいろ試してみたのだが、結局ただ公園で奇行をしている若者になってしまった。
…でもだって、もし家で光線が出ちゃったら困るじゃない。

だから、最初は夢だと思っていたのだ。
最初は。

奇行の帰りに寄ったスターバックスで、ぼくは向こう側に座っていた人が、机の上の飲み物に肘か何かを当ててしまって中身をこぼしそうになっているのに気がついた。
「あぶない!」と思った瞬間である。
紙コップが重力に反するようにググッと立ち上がり、元の姿勢に戻ったのだ。
あれ?と思ったが、それでもなにかの見間違いか、スターバックスが絶妙のバランス感を見せたのだろうと納得し、家路に着いた。

家につくと、テーブルの上に見慣れないノートがあった。
なんだこれ?と思って開くと、1ページ目に、小学生が鉛筆で書いたような文字で、「スターバックスで飲み物がこぼれるのを防いだ」→「お気に入りの服が汚れなくてよかった」と記されていた。右上には0.01%とある。

それで、思い出したのだ。

たしかに神様は言っていた。善行と判定されたものは日記に記載される。徳がどのくらい貯まったかは、見えるようにしておく。超能力の行使とBuletoothで繋げているから善行は能力を使って行うように。

なんだそりゃと思ったが、神様がそう言うからには仕方なかろう。ルールに口を出す権利はぼくに与えられていない。
しかし、一回の善行で貯まったのが0.01%だったのは、事の重大さを示していた。あのレベルだと一万回やらねばならないのか。一日一善だとして、毎日積み重ねて27年はかかる。試算してひとり暗澹たる気持ちになり、うちの先祖はどんなにひどい悪党だったのだろうとふざけやがって、と、名も知らぬひいひいひいひい…?ジイさんに悪態を吐いた。

するならせめてもう少しマトモな超能力者にしてほしかった。

そんなことで、ぼくは善行をするための力だけを与えられた、おそらく史上最弱のエスパーになったのだ。
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