居場所。

文字数 3,362文字

ぼくは最低だ。
なんでこんなことをしようとしているのだろう。
虚ろな気持ちでお菓子の袋を眺めながら、そう思った。
たけちゃんとはもう、二ヶ月もまともに話をしていない。

夏休みが終わって登校した朝、教室で突然山口くんが話しかけてきた。
「たっちゃん、今日の放課後遊ぼうぜ!」
近くに立っていたたけちゃんには、まるでいないもののように視線もくれず、
ぼくの肩に腕を回してきた。
クラスのみんなは、山口くんと浜口たくやの予期せぬ組み合わせに戸惑っている。

山口くんはクラスのリーダーだ。足は速いし、背は高いし、勉強もできる。
お父さんは市内で有名な大きな運送屋さんを経営しているらしい。
山口くんの一の友達の高木くんが、山口くんちの会社は大きなかっこいいトラック
をたくさん持っているのだと自慢気に話していたのを聞いたことがある。
そんな山口くんには、クラスのメンバーはおろか、先生も一目置いている。
学級会などで発言する機会はそう多くはないが、彼が明確に示した意思は、半ば自動的に
クラスの総意になるような、そんな人だった。

たまたま、夏休みに親に連れられて行ったデパートで、二度続けて彼と偶然出会ったのだった。
一度目は夏休みに入ってすぐ。お父さんとお母さんと弟とレストラン街でスパゲティの
お店に入ったら、一番奥まった席に彼がいるのを見つけた。ぼくのうちはその二つか三つ
手前のテーブルだったから、山口くんに声をかけるきっかけはなかった。いやもともと声をかけるほど仲がいいわけでもないのだ。彼もこちらに気づいてるわけではなさそうだった。

先に山口くんのうちの食事が終わって、通路を歩いてこちらに近づいて来たとき、前を向いて
いた彼が急に首をぐるっとこちらに回しぼくの方を見て、無表情のままクイっと顎を上げる
ような仕草をした。あ、気が付いていたのか…と、少しバツの悪い気持ちになり、あのジェスチャーは怒っていたのか、ただの挨拶だったのかと、その後一日悩むことになった。

二度目は八月の下旬だった。アニメのキャラクターのイベントがあって、ぼくはどうしてもそれに行きたくてお母さんにねだったのだ。会場には小学生が遊べる簡単なアスレチックのような施設があり、入ろうとしたら彼に後ろから話かけられた。母親同士も世間話を始めたので、そのまましばらく山口くんと遊んだ。

でも、それだけだ。
あだ名で呼ばれたのも初めてだし、遊びに誘われたのもそのときがはじめてだった。
人気ものの彼の気まぐれではあったのだろう。でも、ぼくにとっては大事件だった。

山口くんに誘われるようになってからしばらくして、わかったことがある。
ぼくのクラスでの序列が変わっているみたいだった。
クラスメートからの当たりも違うし、先生の対応も微妙に変わった。それに伴って
ぼく自身の態度や、やり方も、変わった。
そして、たけちゃんとはほとんど話さなくなったのだ。それまではいつも一緒にいたのに、
最近はたけちゃんがクラスのどこにいるのかもよくわからなくった。

山口くんのグループは、山口くんをリーダーにして、高木くん、野村くん、早川くん
が仲良しでいる。それに加えて三人くらいが時期によって出たり入ったりするような感じだった。高木くんと野村くんは山口くんの幼馴染で、高木くんのお父さんは山口くんのお父さんの会社に勤めているらしい。早川くんは身体が大きくて足が学年で一番早いから一目置かれているのだけれど、それほど器用ではないので、何ごとにも器用な山口くんを頼っていたようだった。
グループでは、山口くんとその幼馴染に気に入られるかが最も重要な要素だった。仲良しの内側にいない三人のうち、一人しか山口くんのうちに誘われない日などもあって、巧妙に対抗心のようなものが生まれる形になっていたと思う。だから、山口くんや高木くんの歓心を買わなければいけないし、理不尽な扱いにも我慢しなければいけない。
グループにいられなければ、また、クラスで目立たない子に逆戻りだ。

このコンビニ、たけちゃんちなんだよな…。
たけちゃんの両親が店番をしていないときを選んでいるのも、高木くんの指示なのだろう。
グループの蘆田が、ぼくの度胸試しがちゃんと行われるかを見届けようと、飲み物のケースの方からじっと視線を送って来ていた。山口くんとデパートのイベントで遊んだときにテーマだったアニメの、限定パッケージの袋菓子が、指定の品だった。ぼくは棚に一つそれが残っているのを見つけて、ホッと胸を撫でおろしたのも束の間、王様の気まぐれに、友達のうちのお店で、自分が醜いことをやろうとしていることに気が付いてしまったのだ。

・・・・でも、折角得た地位を手放すのはどうしてもいやだった。ごめん、たけちゃん。
菓子に手を伸ばしたときには、心臓が口から出そうだと思うほど、ドキドキした。

重力操作(グラビティ・コントロール)

え?なんだこれ?
持ち上げようとした袋菓子は、棚に張り付いてしまったように、動かない。いや張り付いているのではない。重いのか。いずれにしても、持ち上がらない。
焦って押したり引っ張ったりしたが、それでもビクともしない。おかしい、なにが起きているんだ?
ふと気が付いて蘆田の方を振り返ると、ニヤニヤと笑って立ち去っていくところだった。
このままだと、度胸試しは失敗だ!それじゃあ困るぞ!とにかく持っていかないと…!

そう思ったとき、後ろから肩を叩かれた。
振り向いたら、たけちゃんだった。たっくん、どうしたの?と怪訝そうな心配そうな顔をしてぼくを覗き込んでいる。
ぼくは、心の中の中がぐちゃぐちゃになって、悲しくて悲しくて、大声で泣いた。


…悪いことをしてしまったかな。
喧嘩でもしたのか、コンビニの中で号泣している小学生を横目に、首尾よく目当ての菓子を手に入れたぼくは、泣いているんだから店員がなんとかしろよな、などと思いながら会計を済ましていた。

思わず、使ってしまった。
明らかに、あの小学生は菓子の重さに戸惑って、買うのをあきらめたように見えた。

しかしなぜ。

最初にすぐに分かった基本的なルールなのである。
神様がくれた超能力は、善行ために使うものなので、自分のためには使えない。少なくともこれまで自分のために使おうと思って使えたためしがなかった。人並みに、宝くじの一等賞を予言してみたり、道行く女の子の服を透視しようとしたり、イヤな同僚に嫌がらせを試みたり、能力を使って自分の欲望を一通り満たそうとはしてみたのだが、なに一つとしてうまくいかなかったのだ。
超能力は他人のために行う善行に、一日一回まで。二回は使えない。
だから、たぶん今日はあれがカウントされているのだろう。

今日は課長からクソみたいな仕事を命令されて、クソみたいなレク資料を作っていた。レク資料というのは、その、会社の偉い人が他の会社の偉い人と飲み会をするときに、趣味がなんだ出身がなんだ学歴がなんだ前の飲み会はどこでやったか等と、事前に情報を説明するための資料である。そういうものが必要なのは理解するが、社長が直接見る資料になるので、課長が異常に気合を入れて修正指示を重ねてくるのだ。そして同じ作業が部長のところでも生じる。レク資料でバージョン5ってなんだよ、他にやることあるだろうよ、今日は特別パッケージの商品の発売日なんだって、早く会社出たいんだって。そんなことを思いながらやっとのことで資料を完成させて、秘書室に送付した。
そんな戦いを終えたあとに、やっとたどり着いたコンビニで、最後の一個に小学生がまさに手を伸ばそうとしているではないか!それで、思わず、ね。

うまくいくと中に応募券が入っていて、レアなグッズへの応募資格が手に入るのだ。
家へ帰って、コンビニ弁当をレンジに放り込み、ビールを開けたところで、そうそうあれはなんだったんだよと思いながら、テーブルの上のノートをめくった。

「万引きをしなくて済んだ」→「彼のあだ名はたっくん」と記されていた。
たまに、というか、しばしばこのノートは端折り過ぎてなんのことを言っているのかわからないときがある。
あいつ、あんなかわいい顔して万引きしようとしていたのか、仕方のねえやつだなあ。でも、ぼくが泣かしたわけじゃないらしいのでよかった。
あ、くそ、これ応募券入ってねえや…。そのくらい透視できないもんかね。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み