四 義とは

文字数 3,365文字

「そうして、わしは義鑑さまより偏諱を賜り、戸次鑑連(べっき あきつら)と名乗るようになった」

 現主君である大友宗麟(おおとも そうりん)が入道したのを機に、鑑連(あきつら)から道雪(どうせつ)と号したのだが、それはまた別の話し。

 道雪は誾千代と彌七郎に視線を向ける。

「さて、義というのは……小難しいものではない。身体を悪くした時に背負ってくれる。そういう(おこな)いだと思っておる。先代の義鑑さま、そして現主君であられる御屋形(大友宗麟(おおとも そうりん))さまも、身体が悪いわしを良くしてくれた。その恩義を返すために、奉公を勤めようと強く思う……そういうことなのだ。そういう義が義へと強く結びつけ、連なってくれるのだ」

 ふと道雪は自分の足をさすり、誾千代たちの背後にいる家臣たちにも視線を向けて、優しく微笑む。

「雷神に打たれて麻痺したこの足は一時的に良くなりはしたが、年月を重ねてまた悪化しだして、今では誰かに支えられなければ歩くこともままならない。だが、知っての通り、わしは御輿に乗り戦場に出ておる。それも、わしが乗る御輿を担いでくれる者が居てくれるからだ。わしはずっと誰かに背負われている。背負われているからこそ、ここに居れるのだ。あの時のように……」

 家臣たちは道雪の話しに静かに耳を傾けては、各自若き頃を思い出しては目頭を熱くする者もいた。

「誾千代、彌七郎よ。誰もが義を持っている。主君のために戦うのも、お家のために死ぬのも、大将のために(いくさ)働きをするのも、全ては義のために尽くす行為である。周囲を気に留めて、慈しみ、励まし、憂いなさい。その全てが義へと繋がっていく。いつかは(おのれ)の義を見つけ、その義が誰かの義に成る者になってみせよ」

「「はい!」」

 誾千代と彌七郎は宣誓するように強く返事をした。
 いつしか雨も止み、雷鳴は遠くへ去り、雲の隙間から夕焼けの陽が差し込んでいた。

「もう、夕刻か。少し話し過ぎたかな。だが頃合いだのう。今日はここでお開きにしようか。誾千代」

「はい。皆の者、此度(こたび)の評議はこれまでじゃ、ご苦労であった」

 城主・誾千代が音頭(おんど)を取ると、家臣たちは一斉に頭を下げて、評議が終わったのであった。

「それでは殿、此度の評議の内容を取り纏めまして、各位に伝えて参ります」

 由布がそう告げると、薦野や米多比たち他の家臣たちが席を立ち、退出していく。
 本日の役目も終え、この後の予定としては夕餉(ゆうげ)夜打(やう)ちの訓練だけ。先の評議の通り、他国から攻められる憂いは今の所なかった。

 誾千代は思い立つ。

「そうだ、千熊丸(せんくままる)。先ほどの落雷で被害が出ていないか見に参ろう。城の見回りも立花城の主(立花城督)の役目であるからな」

 自分の幼名を呼ばれた彌七郎は父・鎮種に伺いたてる。

「父上、よろしいでしょうか?」

 今日は遊びにきたのではなく、父のお供で評議に参加させて貰っている立場なのだ。自分の立場で判断できなかった。

 鎮種は笑顔で返し、「誾千代様のよしなにお願いします」と簡単に承諾(しょうだく)された。

「それではお父上、私たちは先ほどの雷雨で屋敷などが壊れてないかを見て参ります。では参るぞ、千熊丸」

(かしこ)まりました。ところで誾千代さま、私の名前は彌七郎になりましたので、彌七郎とお呼びください」

「えー。彌七郎よりも千熊丸の方が勇ましくて、私は好きだぞ。それに私の名前の一字も入っておるしな」

「そうは云われてましても……彌七郎は我が家の由緒ある名前でして……」

 誾千代は彌七郎の手を取り部屋から出て行ったのであった。
 子供らしいやり取りに道雪たちは笑みを浮かべる。

「しっかりとなさっているかと思えば、まだ童心がございますな」

「いや、彌七郎が来てくれたから少々はしゃいでいるだよ。そうだ、鎮種。今日はゆったりと出来るのであろう?」

「ええ、そのつもりでございます」

「そうか。だったら今日は泊まっていくと良い。領民から良い鮎が贈られてな、夕餉(ゆうげ)に食っていけ」

「はい、ご相伴(しょうばん)に預かります」

 鎮種は立花山城より南…太宰府(だざいふ)にある岩屋城の城主であり、馬であれば四時間程度かかる距離にあった。
 この時間に出立したら夜分の到着になるだろうが、道も整備されておらず、月明かりと松明だけで夜道を歩くのは危険であった。

「では、高橋殿。食事の準備が整うまで、拙者と槍仕合のお手合わせをしていただけませんかな?」

 まだ場に残っていた立花家臣団の中で屈強の体付きをしている小野が誘うと、

「それならば拙者もお相手をお願いしたい」

 十時も参与してくる。
 小野と十時、立花家臣団の中で勇猛で剛の者である。その二人が誘う鎮種も実力を窺い知れる。

 各々文官では無く武官なので、先ほどの評議に退屈であり身体を動かしたく仕方なかった。

「おやじ殿は?」

 と鎮種が、道雪をそう呼んだ。
 評議のような堅い場所では礼節に(のっと)るが、今は閑暇(かんか)の時。

 鎮種が生まれる前……『高橋』の名跡を継ぐ前の『吉弘』だった頃より、自分の祖父の代から戸次鑑連に懇意(こんい)にして貰い、実父のようで気さくに話しかけられる間柄だった。

「長く話をしたからのう、少し疲れたわ。横になって休んでおくよ。鎮種、二人を鍛えてやってくれ」

「いえいえ、鍛えられるのは私の方ですよ。それでは失礼いたします」

 鎮種は小野と十時に連れられて退出していった。

 評定の間には道雪のみ。
 背筋を伸ばして、いざ横になろうとした時だった――(ふすま)が開き、高齢の老人が部屋に入ってきた。

「評議の方は終わったようだな」

 道雪と近い年令であり、義兄でもある。この立花城で唯一タメ口で語れる人物……安東家忠(あんどう いえただ)。この時、雪窓(せっそう)と号していた。

「なんだ、義兄上(あにうえ)も来ていたのか」

「ああ、隣の部屋で聞き耳を立てていたよ」

「普通に評議に参加すれば良かろうに?」

「わしは隠居した身だ。古株がいつまでも居座っていたら後任が育たんし、(連忠)もわしが居たら緊張するだろう」

 家忠は道雪の面と向いに近くに座した。

「それは云うたら、わしも隠居している身なのがな」

「誾千代は、まだ幼いからしょうがあるまい……。しかし、評議を聞いていたが秋月たちのことはあるが、安穏(あんのん)だな」

「そうじゃな……だが、用心するに越したことはない」

 この時、道雪が仕える大友家は隆盛を誇っていた。
 主君・大友宗麟は、豊後・豊前・肥前・肥後・筑前・筑後の六国の守護だけではなく、九州探題という九州支配権を幕府より任じられていた。

 しかし、秋月や宗像、筑紫などの国人衆や龍造寺、島津たちは今は大人しくしているが、隙あらば反旗を翻し攻め立ててくるのが、この乱世の習いであり、すでに経験済みであった。
 そして道雪たちの頭を悩ませているのは、それだけではなかった。

「最近、御屋形(大友宗麟)さまが南蛮貿易などの為に伴天連を贔屓(ひいき)し過ぎているのも気になるが、立花家の跡継ぎ……誾千代の伴侶(はんりょ)を探しておかないとな。御屋形さまに無理やり立花城督に任じて貰ったが、やはり男子が良かろう」

「解っとる、解っとる。その事は(由布)雪下(せっか)と(薦野)増時に任せておる」

「由布と、増時にか……。増時が婿(むこ)として立花家を継いでくれれば良かったのだが……。やはり政千代のことか?」

「……あやつもあやつなりの義に通してくれているのだ。わしらがとやかく云うものではない」

「義か……。そういえば、さっきの雷切の話しだが上手く取り(つくろ)っておるな。雷に打たれたのは、お主がすでに鑑連の頃だっただろうに」

「はて、そうだったかのう?」

「雷に打たれたお主を誰が背負ったと思う。なにが雷神を斬り伏せただ。あの時は本当に心配したのだぞ!」

「解っとるよ。ただ雷を打たれただけじゃ、つまらないだろう。だが、二人の御屋形さまに、そしてお主たちに背負われたのは本当のことじゃ」

「しかし、あの(あく)たれがここまで立派になってな。親家さまも今頃、喜んでいらっしゃるだろう」

「立派か……。この身体になって、父上が仰っていたことが骨身にしみるわ」

 道雪はふと縁側から外を見た。

 先ほどの雷雨が嘘のように晴れ渡り、綺麗な夕日で茜色に染まっている、博多湾が一望できた。あの鎧ヶ岳の頂上で見たような風景だ。

 目に入れても痛くない嫡子・誾千代は健康に育ち、女だてらに城主。家臣や領民たちからの信望がある。

 身体が悪くとも背負ってくれる義に厚く有能な者に囲まれて、憂いはない。
 この平穏の日々がいつまでも続いて欲しいと思うのであった。
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