第7話

文字数 1,293文字

 月曜の朝、目覚めたわたしは、布団をたたむとき、まくらに細かい毛が無数についているのに気づく。
 襖を隔てた部屋で寝ているお母さんと妹を起こさないように忍び足で台所へ向かい、インスタントラーメンを茹でて、無言ですすりこむ。台所のドアを開け、髭剃りクリームのにおいとともにお父さんが入ってくる。
「おう、りき。おはよう」
「⋯⋯おはよう」
 目を合わせずボソボソと返事をしたわたしを、お父さんは見つめてくる。
「男らしい髪型になったな。かっこいいぞ。りき。女の子にモテるぞ」
 からっぽの気持ちになっているわたしにまるでかまわず、お父さんは上機嫌で家をでていく。わたしは、夜中じゅう流した涙でぐちゃぐちゃになった顔を同級生に見られないよう、顔を洗う。鏡に映る自分の顔をみたくなくて、顔を背ける。
 制服に着替え、家をでて、橋をわたり、信用組合の建物の前のバス停で待つ。坂道を、東急バスがくだってくる。わたしを乗せた東急バスは、馬込銀座の交差点を右に曲がり、環七をどんどん走り、学校のあるバス停まであっという間に着いてしまう。なんでこんな日に限って渋滞がないんだろう。
 できるだけ、普段通りに、普段通りに。ヒマラヤスギが右側にそびえたつ校門をくぐり、校庭を横切り、下駄箱をあけ、すのこのうえで上履きに履き替えていると、同級生の女子が、
「おはよー」
と声をかけてきた。
「おはよう」
と返事をしたわたしの顔を、じろじろみたあと、
「金太郎さんみたーい。ギャハハ!」
と笑いながら、その子は廊下を駆けていく。
 校舎の屋上で二手にわかれた体操服姿の生徒たちによる、激しいボールの応酬。いったいなんでみんなは、あんなに上手にボールをとらえることができるんだろう。わたしは、わたしを狙って投げられてくるボールから逃げ続けることしかできない。
 にやにやしながらわたしの正面にたった子の放ったボールをかわし、ほっとしたのも束の間、背後からきたボールが勢いよくわたしの背中にぶつかり、よろけたわたしは正面から倒れ、顔面をコンクリートに叩きつけた。
「ここ、先生がいいっていうまで、押さえておきなさい。じきに血は止まるから、心配しなくていいわよ」
 保健室の先生の手当てを受けたあと、わたしは額にガーゼを押しつけながら、傷の痛みに耐えていた。
 保健室のドアがきしみをたてて開き、算数の担当の小野瀬先生が入ってきた。このおばあさん先生はずっとずっと昔からこの小学校に勤めていて、子どもの頃のお父さんはとても可愛がられていたらしい。
 でも、わたしは、この先生に嫌われている。
 小野瀬先生は、保健室の入り口にたったまま、
「男らしくない子だね。たかがドッジボールで怪我するなんて」
とわたしをにらみつけた。
「勉強も運動も、お父さんとは似ても似つかないね」
 わたしは、小野瀬先生の姿を見たくなくて、保健室の窓に顔を向けた。校庭で、別の学年の生徒たちが、ソフトボールをしているのが見える。
「ほんとにこの子は素直じゃない」
 わたしのうしろで、小野瀬先生が吐き捨てるようにいう。保健室の先生が、困ったような表情で、わたしと小野瀬先生をみているのがわかる。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み