第2話 初めてのファン
文字数 2,220文字
「コンテスト?」
ツレの源太から手渡された応募要項のパンフレットを優介は、マジマジと眺めた。
「あぁ、俺達がやってるのは所詮、趣味に過ぎないが優介、お前は違うと思うんだ。大丈夫、安心しろ。もうエントリーは済ませてある」
「そ、そんな勝手に」
強引な源太にタジタジの優介は、ふとエントリー用紙の名前を見た。
「殲滅……狂太?」
「お前のエントリー名だ。俺がつけてやったぜ。あの学祭でのお前は一言で言えば殲滅、だ。全てを破壊し尽くす狂ったほどのエネルギーをお前から感じた。で、殲滅狂太、カッコイイだろ」
「そんな安直な……」
「まぁいい。優介。一度、チャレンジしてみろよ」
「う、うん……ありがとう」
優介は、礼を言い、源太を見送るやそのパンフレットを再度、見直した。
「コンテスト、かぁ……僕なんかに出来るのだろうか」
溜息を吐き、かぶりを振ってパンフレットを折りたたんで鞄にしまった。
「やっぱりムリだよ」
そう諦めかける優介の頭に、ふと、あの学祭での記憶が蘇った。
歓声を一身に浴び、一体化した会場で自身の全てを出し切ったあの時ーー優介にあったのはこれ以上はない快感だった。今もあの時のサングラスは、手元に大事に保管している。
「あの時の快感をもう一度……」
気がつくとさっき仕舞い込んだパンフレットをもう一度開いていた。
その夜、優介は一冊のノートを開いた。そこには、優介がかねてから抱いていた音楽に対する思いや願いが書き連ねられている。その情熱は並々ならぬものがある。
優介が音楽に込める願いとは、主に強さだ。全てを打ち壊し、新たな価値観を打ち立てる様なカリスマーーそれは、転じて変わる事と一歩踏み出す事の出来ない自分への苛立ちでもある。
「確かコンテストは、十日後だったな……」
優介はペンを取り、紙に走らせコンテスト用の歌詞を書き連ね始めた。ムクムクとイマジネーションが沸き、止めどなく世界が広がっていく。ギター片手に織物の様に曲と歌詞を組み上げていった。
こうして本番に向けて優介は、着々と準備を整えて行った。
「遂にこの日が来ちゃったよぉ……」
コンテスト当日、会場に向かいながらも震えが止まらない。なんだか場違いな気がしてならないのだ。
「こんな僕で、出来るだろうか……」
不安で押しつぶされそうになっていたときだった。突如、目の前に現れた暴走気味の車に轢かれそうになっているお婆ちゃんを見つけ、優介は叫んだ。
「危ないっ!」
気がついたときには、楽器と荷物を放り投げ、お婆ちゃんに駆け寄っていた。
まさに間一髪、ギリギリでお婆ちゃんを救った優介は、地面に転がっているお婆ちゃんを起こした。
「だ、大丈夫?、お婆ちゃん?」
だが、お婆ちゃんはあまりのショックで腰を抜かしてしまったようだ。やがて、救急車が来て運ばれて行くお婆ちゃんを見送った優介は、はたと自らのギターを見て息を飲んだ。
さっきお婆ちゃんを助けるために放り投げた衝撃で壊れてしまったのだ。
「ど、どうしよう……」
コンテストまでもう時間がない。とにかく、壊れたギターを抱えて優介は会場へと走った。会場へ着いた優介は、すぐ出番となった。
まず、面接の様なものがあり、自己紹介を始める優介に審査員の視線が集中した。
ーーダ、ダメだぁ……
すぐさまタジタジになる優介に審査員の溜息が漏れた。
「君、楽器は?」
「そ、それがこ、ここに来る途中、壊してしまいまして……」
「はぁ?」
ーーも、もうダメだ。
優介は、我慢ならず遂にサングラスを取り出した。
「す、すみません。ボ、僕……って言うかオレ、サングラスがないと全然な奴で」
そう言いサングラスを掛けた途端、優介は変わった。
体の内から溢れるパンクな思いがムクムクの沸き起こり、突然、壊れた自らのギターを床に叩きつけた。
「ロックってのはなぁ、楽器も何もない所から生まれるものなんだ!」
そう叫ぶや審査員からマイクを分捕り、アカペラで自ら作った曲をパフォーマンスし始めた。
突然、エネルギッシュになった優介の変貌ぶりに審査員は、唖然としている。何より優介の歌には、既存概念を覆す様なカリスマたるパワーがあった。
やがて、パフォーマンスを終えた優介は、ふぅっと溜息を吐いた。
「以上だ」
そして、サングラスを外し、もとの気弱な優介に戻りあたふたと恐縮しきりに頭を下げた。
「あ、あの……以上、です。ど、どうも失礼しましたぁ」
そい言うや呆然とする審査員から逃げる様に会場を後にした。
「はぁぁ……もうダメだ」
帰り道、溜息を吐きながらぐったりうなだれる優介は、はたと目の前に現れた同じ歳ぐらいの女性に気がついた。
「小磯優介、だな」
タメ口で無愛想気味に切り出したその女性は、突如、頭を下げた。
「うちの婆ちゃんを助けてくれてありがとう!」
「あぁ……」
優介の脳裏に昼間の出来事が蘇った。やがて、その女性は優介の胸を拳でドンっとごつき言った。
「学祭でアンタの歌、聞いたぜ。アンタ、イカしてるな。ファンになったよ。私は佐藤晶、晶って呼んでくれ。今日はとにかく礼だけ言いに来た。じゃぁな」
そう言い、晶は去って行った。
「ファンになった……」
晶の一言に優介は、呆然と立ち尽くすのだった。
それは、殲滅狂太にはじめてついたファンだったーー
ツレの源太から手渡された応募要項のパンフレットを優介は、マジマジと眺めた。
「あぁ、俺達がやってるのは所詮、趣味に過ぎないが優介、お前は違うと思うんだ。大丈夫、安心しろ。もうエントリーは済ませてある」
「そ、そんな勝手に」
強引な源太にタジタジの優介は、ふとエントリー用紙の名前を見た。
「殲滅……狂太?」
「お前のエントリー名だ。俺がつけてやったぜ。あの学祭でのお前は一言で言えば殲滅、だ。全てを破壊し尽くす狂ったほどのエネルギーをお前から感じた。で、殲滅狂太、カッコイイだろ」
「そんな安直な……」
「まぁいい。優介。一度、チャレンジしてみろよ」
「う、うん……ありがとう」
優介は、礼を言い、源太を見送るやそのパンフレットを再度、見直した。
「コンテスト、かぁ……僕なんかに出来るのだろうか」
溜息を吐き、かぶりを振ってパンフレットを折りたたんで鞄にしまった。
「やっぱりムリだよ」
そう諦めかける優介の頭に、ふと、あの学祭での記憶が蘇った。
歓声を一身に浴び、一体化した会場で自身の全てを出し切ったあの時ーー優介にあったのはこれ以上はない快感だった。今もあの時のサングラスは、手元に大事に保管している。
「あの時の快感をもう一度……」
気がつくとさっき仕舞い込んだパンフレットをもう一度開いていた。
その夜、優介は一冊のノートを開いた。そこには、優介がかねてから抱いていた音楽に対する思いや願いが書き連ねられている。その情熱は並々ならぬものがある。
優介が音楽に込める願いとは、主に強さだ。全てを打ち壊し、新たな価値観を打ち立てる様なカリスマーーそれは、転じて変わる事と一歩踏み出す事の出来ない自分への苛立ちでもある。
「確かコンテストは、十日後だったな……」
優介はペンを取り、紙に走らせコンテスト用の歌詞を書き連ね始めた。ムクムクとイマジネーションが沸き、止めどなく世界が広がっていく。ギター片手に織物の様に曲と歌詞を組み上げていった。
こうして本番に向けて優介は、着々と準備を整えて行った。
「遂にこの日が来ちゃったよぉ……」
コンテスト当日、会場に向かいながらも震えが止まらない。なんだか場違いな気がしてならないのだ。
「こんな僕で、出来るだろうか……」
不安で押しつぶされそうになっていたときだった。突如、目の前に現れた暴走気味の車に轢かれそうになっているお婆ちゃんを見つけ、優介は叫んだ。
「危ないっ!」
気がついたときには、楽器と荷物を放り投げ、お婆ちゃんに駆け寄っていた。
まさに間一髪、ギリギリでお婆ちゃんを救った優介は、地面に転がっているお婆ちゃんを起こした。
「だ、大丈夫?、お婆ちゃん?」
だが、お婆ちゃんはあまりのショックで腰を抜かしてしまったようだ。やがて、救急車が来て運ばれて行くお婆ちゃんを見送った優介は、はたと自らのギターを見て息を飲んだ。
さっきお婆ちゃんを助けるために放り投げた衝撃で壊れてしまったのだ。
「ど、どうしよう……」
コンテストまでもう時間がない。とにかく、壊れたギターを抱えて優介は会場へと走った。会場へ着いた優介は、すぐ出番となった。
まず、面接の様なものがあり、自己紹介を始める優介に審査員の視線が集中した。
ーーダ、ダメだぁ……
すぐさまタジタジになる優介に審査員の溜息が漏れた。
「君、楽器は?」
「そ、それがこ、ここに来る途中、壊してしまいまして……」
「はぁ?」
ーーも、もうダメだ。
優介は、我慢ならず遂にサングラスを取り出した。
「す、すみません。ボ、僕……って言うかオレ、サングラスがないと全然な奴で」
そう言いサングラスを掛けた途端、優介は変わった。
体の内から溢れるパンクな思いがムクムクの沸き起こり、突然、壊れた自らのギターを床に叩きつけた。
「ロックってのはなぁ、楽器も何もない所から生まれるものなんだ!」
そう叫ぶや審査員からマイクを分捕り、アカペラで自ら作った曲をパフォーマンスし始めた。
突然、エネルギッシュになった優介の変貌ぶりに審査員は、唖然としている。何より優介の歌には、既存概念を覆す様なカリスマたるパワーがあった。
やがて、パフォーマンスを終えた優介は、ふぅっと溜息を吐いた。
「以上だ」
そして、サングラスを外し、もとの気弱な優介に戻りあたふたと恐縮しきりに頭を下げた。
「あ、あの……以上、です。ど、どうも失礼しましたぁ」
そい言うや呆然とする審査員から逃げる様に会場を後にした。
「はぁぁ……もうダメだ」
帰り道、溜息を吐きながらぐったりうなだれる優介は、はたと目の前に現れた同じ歳ぐらいの女性に気がついた。
「小磯優介、だな」
タメ口で無愛想気味に切り出したその女性は、突如、頭を下げた。
「うちの婆ちゃんを助けてくれてありがとう!」
「あぁ……」
優介の脳裏に昼間の出来事が蘇った。やがて、その女性は優介の胸を拳でドンっとごつき言った。
「学祭でアンタの歌、聞いたぜ。アンタ、イカしてるな。ファンになったよ。私は佐藤晶、晶って呼んでくれ。今日はとにかく礼だけ言いに来た。じゃぁな」
そう言い、晶は去って行った。
「ファンになった……」
晶の一言に優介は、呆然と立ち尽くすのだった。
それは、殲滅狂太にはじめてついたファンだったーー