第14話 チーム殲滅狂太

文字数 1,900文字

 その日、優介は喫茶店で新曲のアイデアと新しいライブのプロモーションを練っていた。そんな優介の手元には数冊の本がある。教授の木下から渡された本だ。
 マーケティングから企業のイノベーション、ブランディング、統計学、データ分析に至るまで幅広く扱った本ばかりだが、優介は丹念に読み込むようになっていた。
 一見、何の関係もなさそうな所から新曲の発想やライブのアイデアを得るときがある。それは時代のトレンドであったり、その科学的な掴み方であったり、経営学的な視点であったりしたのだが、その日もそうやってアイデアを浮かべるべく本を読み込んでいた。
 木下は言う。学問は得てしてその人物の器を小さくしてしまう弊害がある、と。ある学者の受け売りだそうだが、自分で考えずに学問に頼り先人の文献をあたると自身の発想やアイデアが消されてしまうのだと。だからそれを防ぐためにまずは、自分の頭で考える。そうすることで、先人がどのように苦労してきたかが分かる。その上で、困ったときに先人の学問や文献を参考にすべきだと。
 言わば木下は、伊達に次ぐ二番目の優介の指南役になろうとしていた訳だが、真面目な優介はその教えを素直に受け取ろうとしていた。
 つまり、まずは新曲とそのライブのプロモーションを自分で考え、行き詰まったときに文献に当たり先人の知恵を仰ぐということである。そのために優介は本を読み進めて行った。
 やがて、かなり時間が経った後、喫茶店に部活を終えた晶が入って来た。相変わらずいつもの空手部のジャージ姿である。
「お待たせ、優介。何?。本?」
「あぁ。木下先生から渡されたんだ。新しいアイデアの発想が浮かべば、と思ってね」
 優介は、晶と話しながら、ふと思いついたことを言った。
「晶、直感や経験に頼りがちなアイデアの発想という作業を科学的に分析することって出来ないかな」
「アイデアの発想を科学的に分析?」
「うん、僕思うんだ。アイデアのインスピレーションは考えて思い浮かぶものではなくある日、突然に降ってくるものだって。それがどうやって降ってくるのか、それを意図的にこちらから起こすにはどうすべきなのか、それを科学したいと思う」
 そう言い優介は、一冊の本を見せた。
「丁度、この本がそれに触れている。この世にアイデアマンはおらず、そう呼ばれている人は、単にアイデアの考え方を知っているだけだって。つまり、先天的な能力ではなく自転車同様コツなんだ」
「コツ……そうなのかな」
 晶はなおも半信半疑だ。
「優介の殲滅狂太の場合はどうなんだろう」
「僕?」
「そう。例えば即興リクエスト」
 晶が挙げた例に優介は、唸りながら考えた。
「うーん……あれは、そう。自由に考えるものではなくあらゆる制約の中から強引に生み出すものだね。時間の制約、アイデアの制約、それらの条件がインスピレーションを生んでいる気がする」
「なんか面白いね。自由でないことがかえって新たな発想の力となるんだ」
「うん。なんかね。あとちょっとなんだ。あとちょっとで形になりそうなんだ」
 首をひねり続ける優介を晶は、優しく微笑みながら言った。
「フフ、いいんじゃない?。ゆっくり形にしていけば。いずれ優介も卒論を書かなきゃいけないし、それを経営学的な視点から見たテーマにしたらいい」
「卒論かぁ、そういえばそうだね」
 遠い目をする優介に晶は話し始めた。
「皆、優介の殲滅狂太を応援しているよ。いまや殲滅狂太はチームだからね。顔の広い私が話を持ち込んで、大山先輩がAIやVRと言ったツールを開発して、大将が音楽業界で生きていくための知恵を、木下先生がマーケティングを中心とした知識を担当しているわけだ。著名なマーケティングの著者のドラッガーは言ってるよ。マネジメントとは、人にかかわるものである。 その機能は人が共同して成果をあげることを可能とし、 強みを発揮させ、 弱みを無意味なものにすることである、と。チーム殲滅狂太は今、うまくそれぞれの強みを優介にもたらし機能しているとも思うんだ」
 マーケティングや経営学に絡めて説明する晶に優介は、両手を後頭部の後ろで組み椅子にもたれかかりながら言った。
「そうかぁ、結局、音楽も経済学や経営学と変わらないんだね」
「それを学べるのが大学のいい所だよ。この活動を続けていけば、ミュージシャン殲滅狂太はうまくほかのミュージシャンと差別化出来ると思う」
 そう話す晶に優介はうなずいた。
「そうだね。当面はこの体制で行こう」
 そして、満面の笑顔で晶に言った。
「なにより僕、今が物凄く楽しいんだ」
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