言葉との距離

文字数 1,960文字

本といえば紙と電子の2種類あるが、私は断然紙書籍派である。
時々値段の安い電子版を買うこともあるが、やっぱり紙で読みたくなって、結局紙書籍版を買い直したこともある。

紙書籍はいまだ根強い人気があるが、それでも紙書籍は近頃肩身の狭い思いをしているようである。
読書人口の減少、電子書籍の普及、これらが進んでいけば、今後紙書籍はますます肩身が狭くなるかもしれない。
紙書籍が全部電子に置き換えられるようになっては困るので、私は紙書籍の肩を持つべく、いまこうして文章を書いている。

紙の本の優れているところと言えば、やはり言葉が直に迫ってくるところであろう。
インクが目に濃く映ることで、言葉と触れあっている感覚をより直接的に味わうことができる。
そのおかげで本との一対一の対話を存分に楽しめることが紙書籍の魅力である。
電子媒体でもそれと同じことができるように思われるかもしれないが、電子書籍で文章を読むと事態は少し変わってくる。
電子機器を通して文面を見ると、文章が映り込む画面のスクリーンが文字と読者の間に入るために言葉が心持ち遠くに感じられることがある。
窓ガラス越しにあるものを見ると、物理的にはそこまで距離は離れていなくとも実際より遠くにあるように感じられる、あれと同じである。
また、スマホやパソコンの画面から発せられるブルーライトが心身の健康に影響するという話は最近テレビなどで取り上げられるようになったが、事実スマホを長時間使っていると目がチカチカしてきたり、ひどくなると体全体がだるくなってきたりする。
こういった物理的距離、身体的影響は心理的な障害となって読むという行為に影響してくる。
この心理的な障害がある分、電子書籍の言葉は身体に入りにくくなり、文章が読みづらくなる。
その結果、電子書籍は言葉と読者との間に心理的距離を生み出してしまう。

言葉との距離が遠くなるとは、つまり言葉が通じにくくなるということである。
言語的な意味を理解しにくくなるというよりは、言葉を“感じ”にくくなると言えばいいだろうか。
似たような例としてリモート通話をあげることができるだろう。
(職種にはよるが)リモート上だけでも仕事などで必要な会話は十分行うことができる。
しかし、それでもリモート上のつながりだけではさみしいという人は少なからずいる。
その理由として、画面越しだと入ってくる相手の情報が限られてくることがあげられる。
例えばリモートでは相手の声は聞こえても、雰囲気などといった肌でわかる感覚はあまり伝わらない。
肌感覚が遮断されているために、相手と自分との間には空白、距離ができる。
実際に会うよりも相手と心を通わせている、心が触れあっているという感覚は感じにくくなる。
極端な時には相手がどんなことを思っているのか、どんなことを感じているのか、相手のことを理解しづらくなってしまう。

このリモート上における分断性は、昨今の本と読者との関係においても言えることではないだろうか。
先ほど、言葉を“感じる”という表現を使った。
もしそれが意外に思われたのなら、それは言葉は情報伝達の道具であるという思い込みが世に根強くあるからであろう。
しかし、言葉が伝えているのは表面的な情報だけではない。
言葉と言葉のつながり、文章のリズムといったものに表れる、語る人の息遣い、彼・彼女がその言葉を発する背景、
彼らが語らない、言語的な言葉として表れていないものも言葉の中には含まれている。
実際に対面で会うよりはわかりづらいかもしれないが、書き言葉にも書く人の人間性、人格というものは確かに表れる。
対面同様、言葉に表れる人間性は感じとることでしかわからない。
あまり認知されていないが、言葉とは本来感じるものである。
言葉の真価は、本当は言葉から感じたものの先にあるものなのである。

しかし言葉との距離が遠くなると、言葉になっていない部分をなぜか感じにくくなる。
電子機器がもたらす心理的距離は、読むという行為にさみしさ、孤独感を生み出しているのかもしれない。
言葉から孤独感を感じたことで、私達は自発的に言葉と距離をとるようになり、その結果私達が言葉と触れあう機会は徐々に失われつつある。
いまの現状では、読むという行為から感じるという営みが忘却の彼方へ追いやられてしまうのは時間の問題である。
それは読み手にとっても書き手にとっても、とてもさみしいことだ。
文字として紙に刻みつけられた“言葉”が人の心に触れる、人の心を動かす、そういった本がもたらす感情的作用が本の本当の魅力であり、魔力であったはずである。
本が何千年もの間生き残ることができたのは、この力があるゆえである。

出版業界の方々には本の力を信じてなんとか踏ん張って欲しいところである。
微力ながら、私も一生紙の本を買い続けようと思う。
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