予知夢

文字数 2,098文字

 僕は子どもの頃から、時おり、おかしな夢を見る。
 
 ある時、クラスに転校生がやってくる夢を見た。翌日、教室でそのことを友だちに話している時に、教室の戸が開き、先生とともに見知らぬ少年が入ってきた。当然、みんなは一斉に驚きの表情で僕の方を見た。しかし、後でみんなが話しているのを僕は知っていた。きっと、担任と校長室に向かう転校生の姿を、前もって見かけたに違いないと。
 
 またある時は、家に猫がいる夢を見た。そのことを母親には言わなかった。なぜなら、母は大の猫嫌いだったからだ。
 ところがその夜、父が一匹の子猫を抱えて帰ってきた。当然、母の顔色は変わり、大ゲンカが始まった。上司のところで生まれた猫を断りきれずに貰って来た父と猫嫌いの母は、それから一週間、口をきかなかった。結局、父が飼い主探しに奔走し、その件は落着したが、我が家に猫という生き物が存在した貴重な一週間だったと記憶している。
 
 こんな感じで、僕はさまざまな予知夢を見てきた。救いだったのは、どれも人の生き死にや災害に関わるものではなかったことだ。ただ、僕にとっては大事件と呼べる夢があった。それは、結婚だ。
 
 それは長い夢だった。
 僕は、なんと、とてつもない美人と結婚した。それこそ、夢の中で夢ではないかと思ったくらいだった。友人知人、誰にも羨まれたのは当然だが、父親までもが嫉妬のまなざしを向けるほどだった。
 僕はその美しい妻をとても大切にした。すべてを妻に捧げたと言っても過言ではない。そして、妻を想う気持ちが空回りしていることに気づかない僕は、しだいに疲れを感じ始めた。妻を想えば想うほど、妻の心は僕から離れていき、そして、僕の心には疲れだけが溜まっていった。
 そして、ある日とうとう、あなたの気持ちが重い……そう言い残し妻は出て行った。それを見送る僕は悲しいと同時に、どこかでホッとしている自分に気がついた。周りからは、やっぱり、とか、気の毒に、とか心にもない憐れみを受けたが、僕はむしろ清々した。
 そして、いつのまにか、僕は再婚していた。あくまでも夢だからその間の経緯はわからない。とにかく、今度の相手は、ひと回り年上の子連れの女性だった。親を始め周囲の人たちは、前妻を引合いにだしそこまで極端でなくても、とあきれた様子だったが、僕はとても居心地の良い家庭生活を送ることができた。
 今度の妻は僕と子どもを大切にし、僕は何の気遣いをする必要もなく、ただただ自然体な日々を快適に送った。連れ子もかわいくて僕によく懐いてくれた。心から安らげる家庭がそこにはあった。
 
 あまりにも長くて現実味のある夢だったので、夢から覚めた瞬間、妻子の姿を探してしまうほどだった。
 僕は考えた。おそらく、これはこれから現実に起こることになるだろう。あの美しい妻とうまく添い遂げる方法を考えるべきなのだろうか? それとも、互いに傷つく過程を避けるために、その妻とは結婚せず、ひと回り年上の再婚妻と最初から結婚すべきなのか?
 ところが、待てど暮らせど、とてつもなく美しい女性も、ひと回り上の子持ちの女性も、僕の前には現れなかった。気がつけば僕は五十になっていた。友人たちはすでにみな家庭を持つ中で、僕の両親はもうすっかり諦めたようだった。いや、そんなはずはない、あれは予知夢だ。美しい女と子連れの女は絶対に僕の前に現れる!
 そんなある日、僕は交通事故に合い、入院する羽目になった。こういう予知夢を見ないのは助かる、もし、そんな夢を見たら怖くて外へ出られなくなってしまうだろう。そして、僕の担当になった看護士はとても気立てのいい娘で、心のこもった世話をしてくれた。
 ある日、たまには外の空気を吸いましょう、と僕を屋上へ連れ出した。そして、自然な会話の中で、どうして看護師になったかを聞いてみると、その看護師は母親の遺言だと言った。興味を持った僕は詳しく聞いてみたくなった。すると――
 
 私の母は予知夢を見ることができる人でした。父が早くに亡くなることも母にはわかっていたそうです。病死でしたから母にはどうしようもなかったと。
 そして、母は再婚相手とも死別する夢を見たそうです。ただ、それは、お墓の前で別れる場面だけで、どちらがそのお墓に入るかはわからなかったそうです。ところが、その相手と出会うことができないうちに、母は病に倒れてしまいました。そして、お墓に入るのは自分だと悟った母はこれで良かったと言っていました。
 そして高校生だった私に、母は言いました。再婚相手の人と自分は夢の中だけの縁だったけれど、お前は看護士になればその人と巡り合うことができる。その人をお父さんと慕い、幸せに暮らすように、と。
 そして、次の言葉が、信じがたいこの話の疑念を払しょくさせた。
 
 それからこうも言っていました。
 その人は、美しい女性を待ち続けて婚期を逃してしまった人だと。
 
 僕は退院後、この気立てのいい娘を養女にして、行く末を見届けることにした。こうして、ようやく僕は自分の家庭を持つことができた。

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