文字数 953文字

 私は雨が嫌いだ。
 
 幼き日、父と別れた母を見送ったのは、地面をたたきつける雨の中だった。ピンクの傘を固く握りしめ佇む私の方を、何度も何度も振り返りながら母は遠ざかっていった。父に家に入るように言われても、私はその場を離れようとしなかった。そんな私だが、不思議と泣いてはいなかった。代わりに雨が降っていたから、幼い私はそう思った。
 
 高校生になった私が、連絡を受けて急いで病院に駆け付けた時も、雨がしとしと降っていた。不慮の事故に遭った父の最期に間に合うことはできなかった。無言の父にすがりついて泣きじゃくった後、私は病院の外へ出てしばらく雨を見つめていた。幼かったあの日と同じように、雨が代わりに泣いてくれたのか、涙はしだいに乾いていった。
 
 病院には父の知人女性が駆けつけていた。いつの頃からか、私はその女性の存在に気づいていた。思春期の私を気遣い、ふたりはつかず離れずの関係だったようだ。ひとりぼっちになった私に、その女性はそっとつぶやいた、悲しみを分け合おうね、と。そして、ずっと私に寄り添い、葬儀などの後始末もしてくれた。
 
 それからも、その女性はたびたび仕事帰りにお線香をあげに来てくれた。そしてそんな時はいつも、スーパーの食材を持っていて、料理を作っていってくれた。
 ある日急な夕立の中、いつものようにスーパー袋を下げた女性はずぶぬれになってやってきた。私はお風呂を勧め、その後、初めて夕食を一緒に作り、一緒に食べた。そして、今度は私がつぶやいた。通うの大変ならここで暮らせば、と。
 
 ジューンブライドだから仕方ないか……。その日は朝から雨だった。
 教会での結婚式。亡き父の代わりにバージンロードを並んで歩くのは、もちろんあの女性だ。披露宴の最後に読み上げる感謝の手紙もその女性宛てだった。
 その手紙の中で、私は初めて、その女性を「おかあさん」と呼んだ。すると、そのお母さんの目から、大粒の涙がとめどなくこぼれ落ちた。そんなに喜んでくれるのなら、もっと早く呼べばよかった、と私も涙が頬を伝った。
 
 式場から外へ出ると、雨は上がっていた。うれし涙には必要ないと雨が遠慮してくれた、私にはそう思えた。
 私は、初めて雨を愛おしく感じ、この時から雨が好きになった。

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