第18話

文字数 943文字

 その後、父さんから聞いた話だと、娘さんは心の病を克服し、月の生活にも慣れ、外出もできるようになったそうだ。
(月の住民が一人増えたのか)
ルイは自分のことのように嬉しくなった。

 ルイが月に来てから約一年の月日が流れようとしていた。
 今日もアンの作品をまとい隣のおばさんに貰ったキックボードを乗りこなし絶好調だ。
 このところ、自宅にこもって絵ばかり描いていたので、何か刺激がほしいと考えていたら、ふと、レイクムーンが頭に浮かんだ。リュックには母さんの手作りのサンドイッチと水筒を入れた。
 狭い月の街は、今ではルイのキックボードでどこへでも行けるほど完璧に記憶した。

 一時間ほどでレイクムーンに着いた。
 ルイのお気に入りの木陰にシートを敷いて、リュックを下ろして画材を広げた。
(どの角度で描こうか……)
と両手で四角を作って試していると、ある点でピタリと止まった。
(これだ!なんていい風景だ)
 今、この時を逃すまいとルイはペンを走らせた。
普段、この時間は閑散としているはずのレイクムーンに一人の女性が素足で水遊びをしていた。
 白いワンピースに白い帽子を被ったその女性は、一人の時間を楽しんでいるようにみえた。
 ルイは少し離れた木陰から、その様子をデッサンしていた。下書きを終えるとすぐ、キックボードに乗り家へ帰り、絵を描き始めた。

「ルイ、今日は夢中ね」
「うん、久しぶりに描きたい風景に出会ったんだよ」
 ルイは毎日の家族の団欒も会話は上の空で、食事を終えるとすぐに絵の続きに向かった。そんなルイを家族は心配した。
「ルイはどうしちゃったんだ?」
「答えは……あれよ」
母さんは、描いている後ろから、そっと覗き指をさした。
 そこにはレイクムーンと若い女性が描かれていた。
(ほほう、そういうことか)
 アンも父さんもウィンクをして静かにリビングに戻っていった。

 完成した絵はもちろん、文具店の店主にプレゼントした。
「いい絵だ。しばらく店に飾ることにするよ」
 店主は意味ありげな笑みを浮かべながら、また画用紙と絵の具を手渡してくれた。
「ありがとうございます」
ルイはお礼を言って店を後にした。
 画材をリュックに丁寧にしまい、今日は店を振り返ることなく軽やかに家を目指した。久しぶりに味わう、とてもいい気分だった。
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