第7話 黒田武雄

文字数 1,418文字

「どういうことだろう」
 翌日の夕方、日登美が訪ねてきた。昨日のことを話したが、朝美と同じで皆目見当がつかないような顔をしている。
「泥棒が盗んで行って、売っちゃたのかな」
「ああいうお店は売る時なんかに身分証明をしないといけないから、それはないんじゃない」
「それなら、誰かに頼んで処分したとか」
「お金のためだとしたら、考えられないなあ。必要無いじゃん」
「そうよね、まったく必要無いよね。じゃあ、要らなくなったとか」
「あんまり説得力ないなあ。やっぱり弁護士の清家さんに言っといた方がいいかな」
「そうね、それがいいね」
「現物見ちゃったもんね。関わりたくは無いけど」
「なんか探偵みたいでわくわくするね」
「こんな能の無い探偵さんじゃあ、事件は迷宮に入ってばかりよ」
「おっしゃる通り。弁護士さんならいろいろ調べる手もありそうだし。電話してみようか」
さっそく日登美はバッグの中からスマホと名刺を取り出し、電話をかけた。
「はい、朝美ちゃん」
「私がするの?」
「当たり前でしょ、あなたが見つけたんだから」
それもそうか、と朝美はスマホを受け取った。
「はい、清家ですが」
「あ、もしもし、藤本朝美ですが」
「ああ、これはどうも。何かありましたかな?」
「いえ、この前お話しした置時計のことなんですけど」
「あれが何か?」
「松山のブランド品の買い取りショップで見かけたものですから」
「ええ、本当ですか。どこの何て店ですか?」
朝美は簡単に店の名前と場所を教えた。これで肩の荷が下りた、と思った。
「はい、ありがと。そう言えば、先週のことだけど岩崎さんデートしてたわよ」
「どこで、誰と?」
「うちの近所に回転寿司あるじゃない。あそこで黒田って人と。二か月位前から通ってるデイの利用者なんだけど、若いころはとってもかっこよかった、て感じの人。昔は役者をやってたって聞いたことがある」
「ふうん、宇和島にもそんな人がいるのね」
「何かとってもいい感じで、お互いいたわりあってるって感じで。うちのと私じゃ、ああはなれないなあ」
「あ、ひどい」

三日後、清家が訪ねてきた。
「どうも、先日はありがとうございました。一昨日行ってきました。おかげで役に立ちました」
恐縮する朝美に菓子折を渡しながら、清家はそう言った。
「あの時計なんですが、ひと月前に売りに来たそうです」
「誰が持ち込んだんです?」
「それが黒田武雄、と言う男性なんですが」
「あら、黒田さん?」
「ご存知でしたかな、昨日会って来まして、あらかた理由もわかりました。ただ、時計以外のものは知らんとのことですが。まあ家には現金も、あまり置いてなかったようですし」
清家の話では、黒田は時計を佳枝から貰ったということだった。しかし、朝美は何か違和感を感じた。回転寿司店での仲睦まじい佳枝と黒田の姿と、もらった時計を売ってしまった黒田の気持ちが重ならないのだ。
「岩崎さんに確認しましたら、確かにあげた、と言うので、時計に関しては解決です。その他のものに関しては、また調べ直さなければなりませんけど、何がなくなっとるかは本人しかわかりません」
そう言って清家は立ち上がり、玄関から出て行った。子供たちは、待ってましたとばかり菓子折を開け始めた。芳樹はまだ帰ってきていない。
「これ、お行儀の悪い」
「あ、タルトだ。しかも栗の入ったやつだ」
「あら、やだほんと。高いのよ、これ」
「やった、ラッキー」
「みんなでお茶にしましょうか」
 三人はいそいそとお茶の支度を始めた。
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