第3話 バトルインザキャビン

文字数 2,248文字

 時たまに、ヘッドライトを消し、月明かりだけで深夜の高速道路を駆ける。
 月の光が、舗装された道に艶を生ませるのだ。
 これは危険行為に他ならないのだが、対向車も人もほとんどいない退屈な夜の道だ。
 俺は今日も、少しの間だけヘッドライトを消してトラックを走らせる。
「美しい」
 月の光は道だけではなく、周辺の山の斜面も照らしてくれる。
 きっと山に住んでいる動物たちも、今宵の月を堪能しているのだろう。
 俺はそんなことを考えながら、再びヘッドライトを点けた。
「おっと!」
 俺は急いでハンドルを少し切った。
 深夜の道には、生死を問わず動物を多く見ることができる。
 対向車や人があまりいないからといって、油断をしては痛い目を見てしまう。
 車を運転するというのはそういうことだ。
 一瞬も、気を抜いてはならない。
「ん?」
 およそ三百メートル先の道の左端に何やら白い棒のようなものが立っていた。
 標識か?
 この先で工事があるのなら、その可能性は十分にあるが。
 今のところ、白い棒のようなものしか見えない。
 俺はヘッドライトをハイビームに切り替えた。
「あ!!!」
 人だ。
 しかも女性か?
 そいつは髪が長く、白のワンピースのようなものを身に着けていた。
 まるで幽霊みたいだ。
 幽霊ならぶつけても問題はなさそうだが、人の場合だと話が変わってくる。ごくまれに、高速道路に人が入り込むことはあるが、今回は白線の外側に立っていたから、トラックを追い越し車線に移し、人と十分距離を取って…。
 俺のトラックが、白い人の横を通り過ぎようとしたそのときだ。
 白い人が跳躍を始め、助手席側のサイドミラーを両手で掴んできた。
 そしてトラックの勢いを利用して、助手席側の窓ガラスを両足で蹴破って、キャビンの中に侵入してきた。
「まじかこいつ!」
 動揺して、ハンドル操作を誤りそうになったが、何とか持ちこたえることができた。
 俺は助手席に視線を移した。
 そいつの顔は、長い前髪で覆われていてよく見えなかったのだが、平然とした様子で助手席に座り、前を見据えていたのだ。
 今のところ、壊れているのは助手席側の窓ガラスだけ。
 さて、何から話そうか。
「とりあえず、シートベルトを」
 俺は咄嗟に、背もたれに全体重を預けた。
 そいつは俺の左頬目掛けて、強烈な右ストレートを放ってきたからだ。
 ぎりぎりのところで避けることはできたのだが、今度は運転席側の窓ガラスも派手に砕けてしまった。
「何て奴だ」
 右手はハンドル、右足はアクセルで使用しているから、応戦するなら左の手足になる。
 ただ、座っている分踏み込めないから、強力な一撃は放てない。
 しかもこいつ、リーチがかなりある。
 身長は二メートル程か。
「目的は?」
 俺がそう訊いても、そいつは何も答えない。
 何も答えずそいつは、左手で二撃目を繰り出そうとしてきた。
「させるか」
 俺はそいつの頭を掴み、最も飛び出ていたシガーソケットに叩きつけたが、手に伝わってきたのは、シガーソケットだけが砕ける感触。
「こいつ固いな」
 俺はすぐにそいつを助手席に放り戻した。
 神経使うな、このバトル。
 しかし、楽しいかもしれない。
 左手、左足しか使えないが…。
「いや、待て」
 俺は自分の右手を見た。
 握られているのはハンドル…いや、トラックだ。
 助手席に戻ったそいつは体勢を整え、再びこちらに向かってきた。
 利用できる。
 右手でハンドルを素早く左に切り、遠心力を右に働かせた。
 それによって、こちらに向かってくるそいつの勢いが増した。
 俺は左手でそいつの胸倉を下から掴み、勢いを殺さないよう右側の割れた窓からそいつを放り投げた。
「まだまだ」
 さらに俺はハンドルを左手に素早く持ち替え、空いた右手で窓の外に出たそいつの右足首を掴んだ。
「三キロ程だ、耐えてみなよ」
 俺はトラックを限界まで右に寄せ、そのままトンネルへと突入した。
 トンネルの砕ける音が、何秒か鳴り響く。
 ただ、そいつが固いせいか、右手に伝わってくる振動が凄まじく、また、そいつがブレーキの役割を果たしているみたいでトラックが徐々に減速していった。
「俺の方が耐えられないみたいだ」
 俺が右手の力を緩めると、そいつは俺の右手から離れていった。
 サイドミラーには、トンネルに突き刺さるそいつが映っていた。
「ふぅ…」
 異様な静寂が、車内に流れてきた。
 ようやく平穏が訪れた。
「一旦パーキングに行くか」
 俺はトラックを走行車線に戻し、最寄りのサービスエリアを目指した。
 走行中、深い息が何度も漏れた。
「久しぶりに疲れたな…」
 サービスエリアの入り口はすぐに見えてきた。
 まだまだ先だったが俺は、左の方向指示器を灯した。
 軽く心地良い方向指示器の音が、俺を少しだけ癒してくれた。

 俺はトラックから降りるとすぐにトラックを見回した。
「あ…」
 窓ガラス以外に傷がないか確かめようとしたのだが、荷台の上に先程トンネルに減り込ませたそいつが立っていた。
 ただ、先程とは少し様子が変わっていた。
 どうやら闘う気はなさそうだ。
「走って追いついたのか?」
 あまり傷を負っていないそいつを見て俺は、無意識に笑みをこぼしていた。
 そいつは黙って頷き、そして、
「話がしたいです」と言ってきた。
「はぁ…」
 何故かこういうとき、後頭部をぼりぼり掻いてしまう。
「助手席に乗れ」
 俺がそう言うとそいつは、軽快に助手席へと乗り込んでいった。
 俺は、割れた窓ガラスを見上げた。

 最初から、そうして欲しかったなぁ…。
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