第6話 刺激的な女

文字数 1,300文字

 殺す気配が、彼から感じられないのが妙なところであった。
「目的は?」
「腹が減ったから。胸肉を」
 身長は金次郎より少し低いが、身に纏っている筋肉は金次郎よりも二回りほど大きい。
 胸肉?
 私の胸肉のこと?
 私の胸肉を食べようとしているの?
「利口ね。教頭がいないときを狙うなんて」
「教頭?誰だそいつ」
 男はそう言って、私の胸元を指してきた。
「あんたが誰であっても俺は、腹が減ったら女の胸肉を食らう。何故なら」
 男が私の視界から消えたと同時に、私の右胸に小さな衝撃が走った。
「この柔らかさは唯一無二。特に左胸が好きでね。好きなものは最後に、つってな」
 そう言って男は、右手に握られた布の塊を眺め始め、左手で丁寧に布を剥き始めた。
 上着の布、トレーナーの布、そしてキャミソールの布にブラジャーのカップ。
 私は胸を奪われたのだと思い、自分の右胸に視線を落とした。
 露わになった私の右胸。
 乳房も乳首も、しっかりと残っていた。
「え?」
 じゃあ、彼が持っているものって…。
「ほう…灰色のおっぱいか珍しい」
 男は灰色の塊を嬉しそうに眺め、そしてそれを口に運んだ。
「ふむ、かなり良い柔らか」
 急に男の口が、半開きのまま止まった。
「何だ…これ…」
 男は口を閉じ、再び咀嚼を始めたのだが、
「無理だ痛すぎる」と言って、灰色の塊をとうとう吐き出してしまった。
 吐き出された灰色の塊が、私の足元に転がってくる。
「あ?おめぇ、おっぱい取られてないじゃん!」
 男は右手で両頬を捏ねながらそう言ってきた。
「あなた『保健』ね?私の中にいたのね、気が付かなかった」
 私が灰色の塊に向かってそう言うと、塊は動き出して、瞬く間に人の形へと変化していった。
「げぇ、何者だよあんたら」
 男からは、すっかり闘志が消えていた。
「私はこの町の長だよ。校長って呼ばれている。それでこの子は保健。喋れないから、代わりに私が自己紹介するわ」
 すると男は大きな口を開けて笑い出した。
「成程、あんたが校長か。ならばあんたは最後だな」
「どういうこと?」
「俺様は自由だが、異物会から派遣された者だ。指示通りに動くしそれに」
 そう言いながら男は私たちに背を向け、
「好きなものは最後に食べたい派だ。こんな刺激的な女初めてだからな」と言って、私たちに手を振って歩き始めた。
「あなた、名前は?」
「クー」
 男は歩きながらそう名乗った。
「これから動きづらくなるわよ、クー」
「覚えておく」
 徒歩とはいえど、あっという間にクーの背中が小さくなっていった。
 私は保健に視線を移す。
 顔がない保健からでも、視線のようなものを感じたからだ。
 保健は、小さくなったクーの背中を指さした。
「大丈夫よ。この町の皆に託しましょう。それよりも保健、守ってくれてありがとうね」
 私はそう言って保健の頭を撫でた。
「まだ私の中にいたい?」
 保健はこくりと頷く。
「おいで」
 保健が溶けるように私の体へと入っていった。
「さて」
 クーに倣って、私も適度に運動して筋肉を付けなければならない。
 食事面は感心できなかったが。
 とにかく私は、健康であり続けなければならない。
 この町の為にも。
 異物を、取り除く為にも。
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