第6話

文字数 1,618文字

 鬼八の亡骸を埋めた三毛入野命は、鵜目姫を連れて村に帰った。
 ところが村長(むらおさ)が意外なことを言った。
「鬼八は死んでもまた生き返るっちゅうから、用心せんと」
「そんな馬鹿な!?
 と思ったが、翌朝埋めた場所に行ってみると、墓は掘り起こされて鬼八の亡骸は消えていた。
 深い傷を負い、いったんは心臓も止まりながら息を吹き返し、墓の中から蘇ったのである。
 驚くべき蘇生能力と言わざるをえない。
 三毛入野命は鬼八をあくまで「人」として見做してきたが、すでに正真正銘の「鬼」となっていたのである。
「なんということだ」
 三毛入野命は悔やんだが後の祭りである。
 ただ、鬼八は死の間際に「寂しい」と言った。
 今思えば、鬼八は人として生きたいと願ってきたが、それが叶えられず鬼に化生したようだ。

 いずれにせよ、このまま鬼八を放置すれば、村にどれほど被害が及ぶかしれない。
 だが、たとえまた鬼八を倒したところで、すぐに生き返ってしまうのでは、いつまで経っても問題は解決しない。
「どうすればよい?」
 三毛入野命は頭を抱えた。
 そのとき、ミケがゆっくり歩いてきた。見ると口に何かくわえている。吐き出したのを見ると蟷螂だった。
 頭と足、胴体がばらばらになっている。
「そうか!」
 三毛入野命はふたたび立ちあがった。

 そのとき田部重高という武将が一振りの剣を差し出した。
「この剣は鬼切丸といいます。これで鬼八の身体を三つに斬って別々の場所に埋めれば、もう元には戻らないでしょう」
 ふたたび河童の助けを借りて鬼八を追い詰めた三毛入野命は、ついに鬼八を倒し、その亡骸を鬼切丸で三つに斬った。
 首は首塚に、胴は胴塚に、手足は手足塚にそれぞれ埋められた。高千穂町には今なお三つの塚が残っている。

 その後三毛入野命は、鵜目姫を娶って八人の子をもうけ、高千穂の地を治めたという。
 鬼八の居館があったとされる跡には高千穂神社が建っている。
 祭神は天孫降臨で知られる瓊瓊杵尊と十社大明神が祀られている。十社大明神とは、三毛入野命と妻の鵜目姫命夫妻、八人の子たちの総称とされる。

 高千穂神社には、鎌倉初代将軍源頼朝が畠山重忠を代参として遣わし、天下泰平を祈願したと伝えられる。
 その際に奉納した宝物のひとつが鉄製の狛犬一対で、国の重要文化財に指定されている。
 境内には重忠が手植えしたとされる樹齢約八百年の秩父杉や、二本の杉の幹が一つになった夫婦杉が聳えている。
 この夫婦杉の周りを恋人や友人と手をつないで三回廻ると幸せになるといわれ、縁結びの人気スポットとなっている。

 高千穂神社では、毎年旧暦の十二月三日に境内で五穀豊穣を願って猪掛祭が行われる。
 三毛入野命によって退治された鬼八だったが、鬼八の霊がしばしば早霜を降らせて祟り、民を苦しめた。そこで鬼八の霊を鎮めるために十六歳の娘を生贄として捧げていたという。
 それが戦国末期の天正年間に、地元の武将がこの悪習を断ち切り、山で巻狩を行って獲った猪を身代わりに捧げるようになったと伝わる。
 鬼八を斬ったとされる鬼切丸は、高千穂神社の社宝となっている。

 余談だが、日向に伝わる民話では、神社の神主が河童の頼みを聞いってやったところ、代わりにジゴを取らないと誓ったという。
 ところがある時、河童が子供を川に引き込んで溺れさせてしまった。
 河童を問い詰めると、「河童仲間のならわしで、客が来たらどうしても人間のジゴをご馳走しなければならない。なので悪いこととは知りつつ…」と弁解した。
 それを聞いた神主が怒って河童の腕を切り落とした、という話である。
 ただしこれが、三毛入野命にまつわる話か否かは定かではない――。
                                         了

    ●参考文献
     『日向の民話』比江島重孝(未来社)/『日向ものしり帳』石川恒太郎/
     『鬼降る森』高山文彦(幻戯書房)
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