第3話

文字数 756文字

 鬼八は高千穂の神奈備山、二上山の麓の乳ヶ窟に住み、この辺りを根城としていた。
 三毛入野命は五ヶ瀬川沿いの村をひとつ一つ訪ねて回り、鬼八討伐のための兵士を募った。
 鬼八に苦しめられていた村人がそれに応じ、一行は川をさらに遡っていった。 
 だが鬼八は七尺近い巨体の持ち主で、人の二倍はある太く逞しい腕、吊り上がった真っ赤な目の怪物である。大きく開けた口から凶暴な牙が覗いていた。
 
 鬼八は三毛入野命の姿を見るなり大きな岩を投げつけてきた。
 あやうく避けた三毛入野命は、剣を抜いて鬼八に斬りかかっていった。
 ところが鬼八は二丈(約六メートル)もある大木の幹を楽々と登り、兵士たちの輪の中に飛び降りた。大混乱に陥る兵士たちを嘲笑うように、鋭い爪で兵士たちを次々に切り裂いた。
 ぎゃあ!
 絶叫を上げて兵士たちがばたばたと倒れていく。
 恐慌を来した兵士たちを尻目に、鬼八は息つく暇もなく襲いかかってきた。必死で剣を振り回す兵を嘲笑うように、軽々と大岩を飛び越えていく。恐るべき俊敏さと跳躍力である。
 三毛入野命が息を切らしながらようやく追い詰めたと思っても、今度は二十丈(約六十メートル)も下の崖に飛び降りた。
 人間はおろか獣にも真似のできない、まさに異形の者の為せる技である。
 鬼八は形勢不利だとみると、木の枝に飛び乗ってひょいと飛び越え、息つく間もなく崖をよじ昇り、深い谷もひと跨ぎで越えて姿が見えなくなってしまった。
 鬼八にとって五ヶ瀬川は自分の庭のようなもので、どこに何があるかを熟知している。
 この先は阿蘇の暗い森である。とても追いかけることはできない。
「厄介な相手だ…」
 それが鬼八と初めてまみえた三毛入野命の率直な印象だった。
                                    (つづく)
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