第4話

文字数 990文字

 じゃりじゃり――
 頬をやすりで削られているような気がする。
 はっと気がつくと、ミケが三毛入野命の顔を必死で舐めていた。
 周りでは心配そうに見ている緑色の人間、いや河童だ。
 そうだ、思い出した。
――吾は河童と相撲を取っていたのだ。
 三毛入野命は長男の川太郎を皮切りに、川二郎、川三郎、川四郎と立て続けに破った。
 
 ところが川五郎と取ったとき、奴は頭を下げなかった。
 頭の皿に水がたまった河童は強い。
――このままでは負ける。
 そのとき三毛入野命はミケのある仕草を思い出した。頭突きである。
 三毛入野命はとっさに、立ち合いで頭からごつんとぶつかった。それから先は激しく火花が散ったので、覚えていない。
――気を失ったようだ。
「吾は負けたんだな」
 三毛入野命が呟くと、川太郎が言った。
「いやあ、引き分けだ」
「あんた、すげえ石頭だな」
 頭にぐるぐる包帯を巻いた川五郎がしかめ面をして言った。大事な皿にひびが入ってしまったようだ。
 結局二人(一人と一匹)とも同時に倒れたため、勝負は引き分け扱いとなった。
「そうか…」
 三毛入野命は落胆した。五匹を破ったら言うことを聞くという約束だったが、これでは聞いて貰えそうもない。
「まあ、人間のくせに根性がある。話だけは聞いてやろうじゃねえか」
 川太郎の言葉に、三毛入野命の顔がぱっと明るくなった。

 だが、鬼退治の件を切り出すと河童たちが一斉に口を尖らせた。どうやらこれが河童のしかめ面らしい。
「君たちは戦わなくていい。ただちょっと手伝ってほしいだけだ」
 三毛入野命が懸命に説得するが、河童たちは口々に言った。
「よだきいなあ」
「うん、よだきい」
 よだきいとは、「面倒だ」「おっくうだ」というような意味のこの地方の言葉である。
 それでも三毛入野命は必死で頭を下げた。
「手伝ってやったら、ジゴを食わせてくれるか?」
 川太郎が言った。
 ジゴとは人間の肝のことである。河童は川で泳いでいる子供を溺れさせて肝を抜き取って食べるのだ。
「ジゴはだめだ。代わりに豆腐をたくさんご馳走しよう」
 豆腐もまた河童の大好物である。
 河童たちは目を輝かせてひそひそと相談をし、川太郎が言った。
「俺たちにやってほしいことは何だ?」
 三毛入野命が身振りを交えて語る言葉を、河童たちは真剣に聞き入った。
                                     (つづく)
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