第1話 会社の立ち上げ

文字数 2,651文字

 その日の、「苦しみ悩みごと解決屋」の相談員募集には、沢山の応募があった。
 それは、それぞれの分野のスペシャリストを集める為の人材募集である。
 
 当然、相談員としての収入も多いが、それ以外にも、苦しみや悩みを打ち明けた人たちの心のケアをする為の仕事となれば、能力や意識レベルが高い人が集まるのも(うなず)ける。それ以外では、会社の名前に興味を持ち、面白半分に受けてみようか、ちょっと腕試しにチャレンジしてみよう、等という(やから)は書類選考でまずは落とされる。

 その範囲は、極端に高度で専門的な政治や経済を除いたもので、概ね男女関係のもつれ、家庭問題や子供のしつけ、近所のトラブル、金銭問題、更には不倫等の相談及び処理等で、主に社会的な問題をテーマにするという。

 基本的には、どんな案件でも受け付ける。ただし簡単なことや、よく考えればわかるような単純な依頼は、後でその請求額に驚いても困るので、事前に説明をするようだ。

 この「悩みごと解決屋」は、街の人生相談や新聞等の曖昧な回答と異なり、直接対話し、依頼者が納得するか、解決までとことん付き合うと言う徹底した内容であり、そのための報酬は決して安くはない。
 仕事の内容が弁護士と似ている所があるが、似て非なるものとなる。
 その仕事内容はいずれ分かってくる。

 この会社の名前「苦しみ悩みごと解決屋」と言うように、世の人の「苦しみ」や「悩みごと」を解決し、幸せになって貰いたいという趣旨の会社だった。
 当然ではあるが、依頼者の内容は秘密厳守となる。
 この社名から分かるように、胡散臭(うさんくさ)い名前ではあるが果たして、その仕事ぶりがどうなるのか、今のところ誰にも分からない。

 依頼者の利益を守る為に、その相手側にとっては非常に「手強い」相手になるだろう。
 なんとも、ユニークな会社を立ち上げたものである。

 その会社の担当者は、一人の人間が全てをするだけではなく、それに精通した者が従事することになっている、場合によっては始めから複数でその解決に当たることもあるし、調査のためのアルバイトの人間を使うこともある。結果的には依頼者は満足することになる。
 しかし、一件に付き基本的には一名の相談員が付く。
 そのほうが効率が良いからである。

 募集には、何でもこなせる人材が有利だということは言うまでもない。
 面接官として、社長の竜崎慎也が、自ら相談員になる応募者全員の面接を行う。
 と言うのは、その日が立ち上げの初日であり、まずは社長が直々に面談しなければ何も始まらないからである。

 現在の社員は社長と事務の女二人だけだった。
 数日後にはそれは10数人、又はそれ以上に膨らむだろう。
 それなりの人物が採用されればの話しではあるが……。

 該当する人材がいればそれだけ、採用人数は多くなるが、そう期待は出来ない。
 そのようなスペシャリストのような人間が多くいるとは考えられないからだ。


 社長の慎也は六十代であり、この商売を始めた動機といえば、世の中の悩める人たちを助けたいと言う純粋な動機である。彼はたまたま親から貰った資産があり、金には困っていないが、前からなにかしたいと思っていた。

 彼は頭が切れるし、回転が早い。
 しかし、彼は生真面目な性格かと言うとそうでもない、逆に若い頃は色々と悪さもし、喧嘩も強いし、女を騙し泣かせことも数知れない。

 危ない橋を渡ったこと数知れず、命まで危ういこともあった。それもギリギリのところで命拾いした、そして手が後に回ることだけは避けられた。人生の辛苦(しんく)を舐めているそんな慎也だからこそ、この仕事は向いていると言える。
 あとは、この仕事を立ち上げて成功することにある。
 その鍵を握るのが募集して採用される人物達であり、その器量と才覚がものを言う。
 当然、社長の慎也も相談員として、依頼者と向き合うことになるが、基本的には会社全体のマネージメントをするようだった。

 彼の風貌は一見穏やかで、紳士風であり、顔も俳優並の色男であるために、彼のその経歴を知らなければ、誰もそのような一面を持つとは想像できなかった。
 その彼がどう言う訳か目覚め、懺悔の意味で始めた仕事である。
 恐らくは、今までの自分の悪さに嫌気が差したからだ。
 それというのも、この間亡くなった大好きだった祖母が、彼に言った言葉が効いたのだろう。

「慎也や、お前も、もうそろそろ悪さを止めたらどうかね。それだけ悪さをすれば後は地獄へ行くだけだよ、死ぬ気になって、今度は人の為に何かしてごらん、そうすれば、気持ちよく死ねるというものだよ」

 小さい頃から好きだった祖母を、いつもハラハラさせっぱなしな慎也少年だったが、祖母はいつも温かく見守ってくれていた。
 その祖母の死を転機にして、彼はある日、目覚めたのである。しかし、それは信仰心や何やら胡散臭いものとは違い、いわゆる義侠心のようなものだった。

 気がついてみれば、この世の中にはいろんな、不条理なことや、不平不満や不利な人たちの泣き寝入り等涙を飲んでいる人たちが少なくない。
 そこで今までの(罪滅ぼし)のつもりでこの会社を立ち上げようと思った。
 故に営利を目的としているわけではない。
 しかし、あまりに依頼費用を安すぎると、大したこともない依頼が殺到するし、本来救済すべき人たちを、見過ごすことになるから安くはない。

 依頼の費用を高めに設定すれば、本当に救済に必要な人間が応募してくると考えたからである。しかし、どうしてもその費用が無理でも依頼したい場合には相談に応じることもある。まことに「苦しみ悩みごと解決屋」という、名前に恥じないユニークな商売といえる。

 そこに集まっているのは、すでに履歴書や事前に書いてもらった質問書や、書類審査で通った人達である。
 採用する人数は十数人であり、およそ十倍の難関だった。
 そのなかで女性枠として三、四人ほどとってある。

 それは、悩み事の多くは女性が少なくないからである。
 家事、夫の浮気や、セックスの悩み等、きめ細かく対応するには、女性の対応が欠かせないからである。
 さらに特別枠として、性的な問題として秘密の相談員もあるが、それについては後述することにしよう。

 その日の面接は書類選考で通ってきた人物であり、五人程が待機していた。
 後の面接者は日を変えて行うことになっている。
 社長の慎也一人ではこれで精一杯である。
 少数精鋭の相談員を採用するにはこの方法しか今はない。
 面接には、高級ホテルの一室を借りていた。



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