第3話 女性の面接者
文字数 3,075文字
社長の慎也が次に面接したのは、女性である。
彼女の名前は弥島多恵子と言った、年齢は四十二歳である。
彼女がもし採用されれば、彼女の経験を活かした有能な担当者になる。
彼女もまたユニークな経験を持っていた。
多恵子は美しい女性で独身である、とは言っても結婚はしていた。
しかし、子供はいる。
どこか落ち着いていて、品がある。
彼女には、二十歳の娘と十七歳になる息子がいるが、夫とは十年前に離婚した。
理由はよくある夫の浮気と、その甲斐性のなさだった。
夫の仕事は普通のサラリーマンだったが、酒癖や、女にだらしなくほとほとに嫌気がさし、別れた。
人一倍頑張りやの彼女は働きながら、子供をここまで育ててきたという自負がある。
子供達も頑張る母親を見て育ち、今ではしっかりしていて、自立心が芽生えていた。
生きていく為に、彼女は色々な職業に就いた。若い頃はOLを経験したり、会社の事務員や、離婚後はデパートの売り子、総菜店でのアルバイト、一時期にはスナックのチーママをしたこともある。
男性との様々な経験もあるので、彼女はそう言う豊富な経験が、今回の募集内容に生かされると思い応募したのである。
多恵子は「肝っ玉かあさん」と、子供達から言われるように、おおらかで懐も深い。
その多恵子がこの会社に応募した動機は、自分が経験したことを、少しでも人の役に立ちたいという思いがある。
いま、社長の面接は始まっていた。
「こんにちは、多恵子さん、ようこそわが社の面接に来ていただき、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ」
慎也は、多恵子の面接の資料を見ながら聞いた。
「あなたはお子さんが、二人いますが立派に育てられたようですね、お一人で」
「はい、ありがとうございます」
「この仕事をする上で、お子さんは大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です、ですから、このお仕事を受けました」
「そうでしたね、ではここを受けた動機をおっしゃて下さい」
「いま、この世の中には、悩み事を抱え込んでいるのに、それを解決出来ずにいる人が大勢います。微力な私ですが、そう言う人達のお力になりたいと思ったのです」
「それは頼もしいですね、悩み事の相談の依頼には、様々な人がくるでしょう。ではこう言う事案を考えてみましょう」
「はい」
「では、例えば妻に暴力を振るう夫がいるとして、妻はそれに耐えている、別れたいと思いながらそれが出来ない。子供は小さいが、夫には懐いている、この場合あなたはどうしますか?」
「そうですか、妻に暴力を振るいながら、夫が子供には優しい、珍しいケースですね」
「その通りです」
彼女は少し考えていたが、答えを見つけたようである。
「私の解決方法ですが、まず、普通に考えれば子供は母親を慕うものです。このケースの場合には違いますよね、ですからその原因を考えた場合には、例えば子供は母親の本当の子供では無い、つまり妻は再婚で、その子供は前妻の子供と考えられます。
そういう理由で、妻は子供を愛せないのでしょう、そう言う背景の中で、家庭関係がギクシャクし、夫が妻に不満を持ち暴力を振るうのではないでしょうか……」
「なるほど、であなたはそれをどう解決しますか?」
慎也は彼女の推理に興味を持った。
自分が求めている人物は、こう言う過程の事案でも、前後の判断を豊かな想像力で推理し、その可能性を引き出し、適切に対処又は処理できる人でなければならない。故にその対策も重要な鍵となるのだ。
多恵子は言葉を噛みしめるように言葉を選んだ。
「問題は、この相談に夫か妻のどちらが依頼してきているか、ということですが、まあ、この場合には暴力を振るわれている妻からの訴えと見るべきでしょう」
慎也は彼女の推理を聞きながら、この女性に感心していた。
「それで、どう対処しますかな、あなたなら?」
慎也は身を乗り出している。
「依頼人が妻とした場合には、わたしはこう思います」
慎也はこの聡明な顔をした多恵子を見ながら片手にペンを持ち、用紙に何やら書き込んでいる。話を聞きながら、観察し、その人物評価をしているようである。
話し方、落ち着きや、思考能力、適応性などである。
「ほう、それは?」
「あなたは、本当に夫から暴力を振るわれていますか、と聞きます」
「なるほど、それで?」
「妻がこう答えたとします。暴力を振るわれるのは、たまにです、と」
「ふむ」
「私なら、それは、あなたが夜遅く帰ってきたり、家庭をないがしろにしているからではありませんか? と聞きます」
「なるほど、厳しい質問です、妻の人間性の追求ですね、それで?」
「その答えが、イエスならば答えは簡単です、あなたの行いを妻として恥じないようにすれば、夫の暴力は少なくなるか、無くなるでしょう。しかし、その暴力の頻度が多い場合には、どんな理由があるにせよ、それは問題外で、離婚するしかありません」
「なるほど」
「それに、あとは慰謝料の請求をすることになるでしょう。まあこの場合にも、今は単純な事案でしたが、実際には様々なことがあるかも知れません、それを見極めてからでないと簡単に結論は出せませんよね」
「大した推理ですが、妻がノーと言った場合にはどう対応しますかな?」
慎也は意地悪な質問をした。
「妻が貞淑であり、浮気などをしていない場合には離婚を勧めます。子供が懐かずに、妻が夫に暴力を振るわれている家庭では、もう話し合いの余地はないでしょうし、このままでは妻にとっては、結婚している意味がありませんから、離婚と訴訟の手続きを勧めます」
「そうですか、なるほど、模範的な回答です、ただ問題なのは、夫が妻を愛しているか、そうでなくても、離婚を認めない場合です、このケースの場合なら、どう考えますか?」
「さあ、少し難しいなってきましたね」
多恵子は少し考えていたが、又何か閃いたようである。
「あの、この場合ですが」
「どうぞ」
「夫が妻を愛していながら、暴力を振るう、しかし子供には優しい、この場合にはですね」
「はい?」
「恐らく、夫には心理的な心の病が推測されます、いわゆる何かに怯えているのでしょう、強迫観念とでも言うのでしょうか、ですから、一度精神科で治療することを勧めます」
「なるほど」
「それ以外では、夫が精神的な欠陥がない場合の暴力ですが、その理由が必ずあるはずですから、仲介に立った私の立場としては、双方の意見を聞きながら、子供にとって一番良い方法を模索します」
「なるほど、それで?」
「例えば会社員なら上司や部下からの突き上げで、ストレスを感じるケースが少なくありません。その場合には妻に夫の仕事上のストレスを理解させ、優しくするか、休養を取らせるとかですね、場合によっては会社にその旨を言って対処して貰うことです、まあこの場合には難しいでしょうが……」
「さすがです、まあこの他にも様々なケースが想定されます。そういう依頼人の心理を上手に引き出しながら、最良のケースを考えアドバイスをするのも、この仕事ですから」
「はい」
「先程の場合には妻だけでなく、夫の言い分も聞く必要があるかも知れません。しかしもういいでしょう。そういう様々なケースを想定しながら依頼人の期待に応えるのがこの会社の仕事ですから。多分、あなたはいいお仕事をされるでしょう、採否の通知をお待ちください」
「はい、ありがとうございます」
多恵子は、いきなり難題を投げられ、初めはどう対応して良いのか苦慮したが、冷静になりながら、何とか答えられたことで満足した。
後の通知では、彼女も見事に合格者となっていた。
彼女の名前は弥島多恵子と言った、年齢は四十二歳である。
彼女がもし採用されれば、彼女の経験を活かした有能な担当者になる。
彼女もまたユニークな経験を持っていた。
多恵子は美しい女性で独身である、とは言っても結婚はしていた。
しかし、子供はいる。
どこか落ち着いていて、品がある。
彼女には、二十歳の娘と十七歳になる息子がいるが、夫とは十年前に離婚した。
理由はよくある夫の浮気と、その甲斐性のなさだった。
夫の仕事は普通のサラリーマンだったが、酒癖や、女にだらしなくほとほとに嫌気がさし、別れた。
人一倍頑張りやの彼女は働きながら、子供をここまで育ててきたという自負がある。
子供達も頑張る母親を見て育ち、今ではしっかりしていて、自立心が芽生えていた。
生きていく為に、彼女は色々な職業に就いた。若い頃はOLを経験したり、会社の事務員や、離婚後はデパートの売り子、総菜店でのアルバイト、一時期にはスナックのチーママをしたこともある。
男性との様々な経験もあるので、彼女はそう言う豊富な経験が、今回の募集内容に生かされると思い応募したのである。
多恵子は「肝っ玉かあさん」と、子供達から言われるように、おおらかで懐も深い。
その多恵子がこの会社に応募した動機は、自分が経験したことを、少しでも人の役に立ちたいという思いがある。
いま、社長の面接は始まっていた。
「こんにちは、多恵子さん、ようこそわが社の面接に来ていただき、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ」
慎也は、多恵子の面接の資料を見ながら聞いた。
「あなたはお子さんが、二人いますが立派に育てられたようですね、お一人で」
「はい、ありがとうございます」
「この仕事をする上で、お子さんは大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です、ですから、このお仕事を受けました」
「そうでしたね、ではここを受けた動機をおっしゃて下さい」
「いま、この世の中には、悩み事を抱え込んでいるのに、それを解決出来ずにいる人が大勢います。微力な私ですが、そう言う人達のお力になりたいと思ったのです」
「それは頼もしいですね、悩み事の相談の依頼には、様々な人がくるでしょう。ではこう言う事案を考えてみましょう」
「はい」
「では、例えば妻に暴力を振るう夫がいるとして、妻はそれに耐えている、別れたいと思いながらそれが出来ない。子供は小さいが、夫には懐いている、この場合あなたはどうしますか?」
「そうですか、妻に暴力を振るいながら、夫が子供には優しい、珍しいケースですね」
「その通りです」
彼女は少し考えていたが、答えを見つけたようである。
「私の解決方法ですが、まず、普通に考えれば子供は母親を慕うものです。このケースの場合には違いますよね、ですからその原因を考えた場合には、例えば子供は母親の本当の子供では無い、つまり妻は再婚で、その子供は前妻の子供と考えられます。
そういう理由で、妻は子供を愛せないのでしょう、そう言う背景の中で、家庭関係がギクシャクし、夫が妻に不満を持ち暴力を振るうのではないでしょうか……」
「なるほど、であなたはそれをどう解決しますか?」
慎也は彼女の推理に興味を持った。
自分が求めている人物は、こう言う過程の事案でも、前後の判断を豊かな想像力で推理し、その可能性を引き出し、適切に対処又は処理できる人でなければならない。故にその対策も重要な鍵となるのだ。
多恵子は言葉を噛みしめるように言葉を選んだ。
「問題は、この相談に夫か妻のどちらが依頼してきているか、ということですが、まあ、この場合には暴力を振るわれている妻からの訴えと見るべきでしょう」
慎也は彼女の推理を聞きながら、この女性に感心していた。
「それで、どう対処しますかな、あなたなら?」
慎也は身を乗り出している。
「依頼人が妻とした場合には、わたしはこう思います」
慎也はこの聡明な顔をした多恵子を見ながら片手にペンを持ち、用紙に何やら書き込んでいる。話を聞きながら、観察し、その人物評価をしているようである。
話し方、落ち着きや、思考能力、適応性などである。
「ほう、それは?」
「あなたは、本当に夫から暴力を振るわれていますか、と聞きます」
「なるほど、それで?」
「妻がこう答えたとします。暴力を振るわれるのは、たまにです、と」
「ふむ」
「私なら、それは、あなたが夜遅く帰ってきたり、家庭をないがしろにしているからではありませんか? と聞きます」
「なるほど、厳しい質問です、妻の人間性の追求ですね、それで?」
「その答えが、イエスならば答えは簡単です、あなたの行いを妻として恥じないようにすれば、夫の暴力は少なくなるか、無くなるでしょう。しかし、その暴力の頻度が多い場合には、どんな理由があるにせよ、それは問題外で、離婚するしかありません」
「なるほど」
「それに、あとは慰謝料の請求をすることになるでしょう。まあこの場合にも、今は単純な事案でしたが、実際には様々なことがあるかも知れません、それを見極めてからでないと簡単に結論は出せませんよね」
「大した推理ですが、妻がノーと言った場合にはどう対応しますかな?」
慎也は意地悪な質問をした。
「妻が貞淑であり、浮気などをしていない場合には離婚を勧めます。子供が懐かずに、妻が夫に暴力を振るわれている家庭では、もう話し合いの余地はないでしょうし、このままでは妻にとっては、結婚している意味がありませんから、離婚と訴訟の手続きを勧めます」
「そうですか、なるほど、模範的な回答です、ただ問題なのは、夫が妻を愛しているか、そうでなくても、離婚を認めない場合です、このケースの場合なら、どう考えますか?」
「さあ、少し難しいなってきましたね」
多恵子は少し考えていたが、又何か閃いたようである。
「あの、この場合ですが」
「どうぞ」
「夫が妻を愛していながら、暴力を振るう、しかし子供には優しい、この場合にはですね」
「はい?」
「恐らく、夫には心理的な心の病が推測されます、いわゆる何かに怯えているのでしょう、強迫観念とでも言うのでしょうか、ですから、一度精神科で治療することを勧めます」
「なるほど」
「それ以外では、夫が精神的な欠陥がない場合の暴力ですが、その理由が必ずあるはずですから、仲介に立った私の立場としては、双方の意見を聞きながら、子供にとって一番良い方法を模索します」
「なるほど、それで?」
「例えば会社員なら上司や部下からの突き上げで、ストレスを感じるケースが少なくありません。その場合には妻に夫の仕事上のストレスを理解させ、優しくするか、休養を取らせるとかですね、場合によっては会社にその旨を言って対処して貰うことです、まあこの場合には難しいでしょうが……」
「さすがです、まあこの他にも様々なケースが想定されます。そういう依頼人の心理を上手に引き出しながら、最良のケースを考えアドバイスをするのも、この仕事ですから」
「はい」
「先程の場合には妻だけでなく、夫の言い分も聞く必要があるかも知れません。しかしもういいでしょう。そういう様々なケースを想定しながら依頼人の期待に応えるのがこの会社の仕事ですから。多分、あなたはいいお仕事をされるでしょう、採否の通知をお待ちください」
「はい、ありがとうございます」
多恵子は、いきなり難題を投げられ、初めはどう対応して良いのか苦慮したが、冷静になりながら、何とか答えられたことで満足した。
後の通知では、彼女も見事に合格者となっていた。