第1話

文字数 403文字

「なんか、彼氏ができた」
 朱里がそう言ったとき、それが朱里の彼氏だとは思わなかった。今にして思えば、僕はどうしようもない奴だったと思う。
「へえ、誰に?」と僕はクッキーを齧りながら聞いた。
「私によ」と彼女は言った。それから麦茶を一口飲んだ。
 幼いころから一緒にいれば、そういうこともあるだろう。その日は八月のひどく暑い日で、僕たちはお菓子を食べながら課題をやっていた。
 朱里に彼氏ができた。そのことの理解するのに、僕は相当な時間を要した。真っ白なルービックキューブを渡されたような気分だった。言葉の意味は分かる。でもその意味に対して何をすれば良いのか、まるで分からなかった。
「ふうん」と僕は言った。我ながら、馬鹿みたいな返事だ。
 朱里はシャーペンを動かす手を止めて、僕をじっと見た。
「それだけ?」と彼女は言った。
「他になんて言える?」と僕は言った。
 彼女は小さくため息をついた。
「そんなんだからモテないのよ」
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