第2話 銀杏並木と彼女の掌
文字数 4,050文字
僕と有紀はカフェを出て表通りの銀杏並木の下をちょっと気まずい雰囲気で歩いていた。
「ほんっと、智クンってば恥ずかしいんだから~。」
さっきまでいたカフェで…。
僕が思わず大声を出してしまった、あの恥ずかしいセリフは店内にいた大勢のカップルや女性客達に聞かれてしまった。
幸いというかなんと言うか、次の予定の時間も近づいていたので、僕たちは周囲の注目の中、赤面しながらそそくさと逃げるように店を出た。
日頃はサバサバして肝っ玉の座っている有紀も、あれはさすがに恥ずかしかったのだろう。
お会計を待つ間、有紀は顔を赤らめながらじっと窓の外を見ていた。
たぶんスタッフや他の客と目が合わない様していたのだろう。
僕の粗相のせいで、彼女にまでひどく恥をかかせてしまった。
なんだか申し訳なかった。
「ゴメン…。」
もちろん僕も恥ずかしかった。
周囲の他人に対してというのもあるが、それ以上に有紀に対して恥ずかしかった。
公衆の面前で彼女に恥をかかせてしまった事。
そして、とっさの事であんなに恥ずかしいセリフを口にしてしまったこと。
そんなことを考えている僕に、彼女は更に追い討ちをかけてからかってくる。
「いやいや、でもさ~…、まさかあんな公衆の面前で、大声で愛の告白されるなんてねぇ~。
ドラマじゃないんだから。」
「あ~、もう…。ゴメンって。
ほんっと、ぜんぶ忘れて欲しい!」
頭を抱えてへこんでいる僕の様が可笑しかったのか、だんだん僕をイジるのを楽しみ始めていた。
「ブッブー!無理~!」
有紀は指でバツ印を作り、口を尖らせて言った。
「忘れられないよ~。
ある意味一生の思い出。
あたしの人生で一番記憶に残る告白になっちゃじゃないの。
も~、どうしてくれるのよ~。」
「だからゴメンって~。
あぁ~、もう、できることなら時間を巻き戻して、今日のデート仕切り直したい…。」
「アハハ~、なにそれ?
それはさすがのエスパー有紀さんでも無理だよ~。時を駆ける智弘?」
今日のデートは有紀の昇進祝いの為に準備したサプライズだ。
出来ればスマートに格好よくエスコートして気分を盛り上げたかったのだが、実に幸先の悪いスタートを切ってしまった。
元々あまり女性と遊び慣れていない僕は、スマートなエスコートは得意ではない。
今日のデートコースも一から十までネットや雑誌で調べたものだ。
カフェもディナーもホテルも…。
そして、エスコート以上に下手なのがトークだ。
内向的で口下手な僕は中々気の聞いたスマートな会話ができない。
ましてや女性が喜ぶようなキザなサリフなんかとても口にできない。
そんな僕が咄嗟にあんなに恥ずかしいセリフを言ってしまったのだから、本当に忘れて欲しい。
「え~?じゃあやっぱり無かった事にして。」
「う~ん、どうしようかなぁ…。」
有紀は両手を頭の後ろに組んで、アスファルトの上にまばらに散っている黄色い銀杏の落ち葉を蹴りながら、僕の前を歩いてい行く。
「じゃあさ…。」
彼女は突然振り返り僕を見つめた。
「もう一度いってよ…。」
彼女の顔からはさっきまでのおどけた笑顔は消え、真顔で僕を見つめていた。
「今ここでさ…、さっきのセリフ、もう一度ちゃんと最後まで言ってくれたら…、忘れてあげてもいいよ。」
「えっ……?」
僕は突然の有紀の真剣な眼差しと、その要求に戸惑ってしまう。
「ねえ智クン。あたしさ…。
今までちゃんと言ってもらったこと無いよ。
ああいうこと…。」
胸に刺さった。
そうかも知れない。
いや、そうなんだ。
僕は彼女にちゃんと伝えたことがなかった。
思っているだけで口にする事の無かった言葉。
…「好き」という言葉。
最初は口にするのが怖かった。
その言葉を口にしてもしも拒絶されれば、それまでの関係が全部崩れてしまうから。
それでも有紀は僕を受け入れてくれた。
言わないでも伝わった。
わかってもらえている。
そう思っていた。
だから言わないでいたのだろうか?
それとも、僕の中に何か違う理由があるのだろうか?
堂々と『好きだ。世界で一番愛している。』
そう言いたかったけど、言葉にできなかった…。
僕が臆病で自分に自信がなかったから?
それだけではない。
恐らくはそれを堂々と口にする事がはばかられる何かやましい…、後ろめたさにも似た心の痼(しこり)を感じていたからだった。
気がつけば僕は足を止め、ただ彼女を見つめて立ち尽くしていた。
どこか切なげな表情でじっと僕の言葉を待っている。
そんな彼女が堪らなく愛おしく思えた。
同時に重苦し罪悪感が僕の心臓を押し潰す。
「そうだね…。
ちゃんと伝えた事、無かったよね。
ゴメン…。」
『そうだ、たった今…、ちゃんと言おう。伝えよう。』
そう思った。
鼓動が早くなる。
軽く握り込んだ掌が汗ばんでいた。
「あの…、僕は…!
僕は、有紀ちゃんのことが…、っ!」
乾いた喉から絞り出した声。
想いを伝えようとする僕の唇を遮ったのは彼女の指先だった。
「ストップ!」
有紀は手で僕の口元を押さえて黙らせた。
「アハッ…、やっぱりいいや…。」
僕の唇からそっと指先を離す。
目を反らす様にそっぽを向いたその横顔にはちょっとバツの悪そうなはにかんだ笑いを浮かべていた。
「ほら、やっぱりこういう事ってさ…。
こっちから無理やりお願いしてとか…。
そーゆー風に言ってもらうことじゃないよね~。」
「えっ…?いや、無理やりとかと違っ…!」
慌てて取り繕っている様にみえたのだろうか。
有紀はそんな僕を見てニッと白い歯を見せて笑った。
「いいって、いいって~。
さっきも言ったでしょ?
あたしには智クンのこと何でもお見通しなんだから…。
言わなくてもちゃーんと伝わってるよ?
智クンの気持ちはさ~。」
有紀はいつもの様に少しおどけて見せた後、少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「でもね…、それでも言って貰いたいものなんだよね~。
めんどくさいんだよ?女子ってのはさ。
で、あたしもやっぱり女子なんだよね~。
だからさ…、そのうちもっとちゃんと言って欲しいかな…?」
自分の彼女にこんなことを言わせる己の不甲斐なさが情けなかった。
「待って!聞いて…、ちゃんと…、今ちゃんと言うからっ!僕はさ…っ!」
有紀はわざとらしく手で両耳を押さえておどけて見せた。
「聞こえない、聞こえない~。
なぁ~んにも聴こえませぇ~ん。」
困り果てた様な僕を見て、彼女は人差し指を僕の鼻先に突きつけた。
「もぉ~、ダメダメ!
もっとロマンチックなシチュエーションで言ってくれないとヤダからね~!」
ハードルが上がってしまった…。
口下手な僕にそんなことを求めるなんて…。
「フフッ…。
それまではさっきの『アレ』ずっと覚えとくからね~!」
再びさっきのカフェでの出来事を思い出さされた僕は、少し恥ずかしくなり赤面してしまった。
「え~っ!いや、それはもう忘れてってば。」
「アハハッ、嫌で~す。忘れませーん。
ほら、もう行くよ~。」
有紀はきびすを返してさっさと歩き出した。
ポツンと取り残された僕はと言えば、そんな彼女後ろ姿を暫し呆けたように眺めていたが、ハッと我に返って慌てて後を追う。
小走りに駆け寄る足音に、僕の気配を察して立ち止まり肩越しに振り向いた有紀は、まるで何も無かったようにいつもの屈託無い笑顔をみせてくれた。
僕たちは再び肩を並べて歩き始めた。
「ねえ、今日はこの後は映画観るでしょ?その後は?」
「ん?それはまだ秘密~。昇進祝いのサプライ に有紀ちゃんの気に入りそうな店予約してるからね。」
「ええ~っ!?
いやいやっ!それ言っちゃったらサプライズになんないじゃ~ん!」
笑いながら僕の肩をバシバシと叩く有紀。
「えっ?そ…、そうなの?」
「そうだよ~!いきなりバラしちやってるじゃん!
あっ…、でもこれ以上は聞かないでおくね!
アハハッ…、可笑し~い!
でも嬉しい!なんだろう?晩ごはん楽しみ~!」
『あー、そうだったんだ…。サプライズって全部内緒でやらなきゃいけないんだ!』
なるほど、言われて見れば…
英語で「Surprise」=「驚かせる」の意味だ。
先に予告してしまったら喜びこそすれ、驚きではない。
でもまあ、全部はバラしてないし、取り敢えずは喜んでもらえたのならまあいいだろう。
ただ、こういうところに恋愛経験の少なさが露呈してしまって少し恥ずかしくはある。
そこはもう、正直に白状してしまおう。
「あぁ…そうなんだね!
サプライズってそういう事なんだね…。
ハハッ、なんかさ…、そういうのしたこと無かったからさぁ…、だからごめんね!
今の聞かなかったってコトで!」
僕は照れ隠しに笑いながら頭をかいた。
「アハハッ、わかった~。何にも聞いてませ~ん!でも楽しみ~。」
彼女はいつでもこんな調子で、不器用で段取り下手な僕のエスコートに、嫌な顔1つ見せずに付き合ってくれる。
暫く無言で歩いていた彼女だったが、街並みを眺めながらふと呟いた。
「なんかさ…、すっかり秋だよね…。」
「だよね…。銀杏もすっかり黄色くなってるしね。きっともうすぐこの道も落ち葉の絨毯みたいになるよね。」
「あー、それいいよね~。楽しみ…。
あたし秋が一番好きだなぁ、季節の中で…。」
有紀はすっかり黄色く色づいて、落葉の時期を待っているかのような銀杏の枝ぶりを見上げながら歩いていた。
「ふーん…。有紀ちゃんは秋の何処が好きなの?」
「だってさ、美味しい食べ物いっぱいあるし…、暑くも寒くなくても過ごしやすいし…、
おしゃれな服とか楽しみやすいし…。
それにさ…、秋って何処となくロマンチックじゃない?」
秋がロマンチックかどうかはあまり考えたことは無いが、そう言って目を輝かせる有紀はとても可愛らしく思える。
彼女は僕の上着の袖を摘まんで、引っ張った…。
「ねえ…。」
「ん…?なに?」
「手…、繋がない?」
「あ…、うん…。」
僕たちは互いに指と指を絡め、ゆっくりと歩いた。
少し肌寒い10月の風の中、掌に彼女の体温を感じた。
「ほんっと、智クンってば恥ずかしいんだから~。」
さっきまでいたカフェで…。
僕が思わず大声を出してしまった、あの恥ずかしいセリフは店内にいた大勢のカップルや女性客達に聞かれてしまった。
幸いというかなんと言うか、次の予定の時間も近づいていたので、僕たちは周囲の注目の中、赤面しながらそそくさと逃げるように店を出た。
日頃はサバサバして肝っ玉の座っている有紀も、あれはさすがに恥ずかしかったのだろう。
お会計を待つ間、有紀は顔を赤らめながらじっと窓の外を見ていた。
たぶんスタッフや他の客と目が合わない様していたのだろう。
僕の粗相のせいで、彼女にまでひどく恥をかかせてしまった。
なんだか申し訳なかった。
「ゴメン…。」
もちろん僕も恥ずかしかった。
周囲の他人に対してというのもあるが、それ以上に有紀に対して恥ずかしかった。
公衆の面前で彼女に恥をかかせてしまった事。
そして、とっさの事であんなに恥ずかしいセリフを口にしてしまったこと。
そんなことを考えている僕に、彼女は更に追い討ちをかけてからかってくる。
「いやいや、でもさ~…、まさかあんな公衆の面前で、大声で愛の告白されるなんてねぇ~。
ドラマじゃないんだから。」
「あ~、もう…。ゴメンって。
ほんっと、ぜんぶ忘れて欲しい!」
頭を抱えてへこんでいる僕の様が可笑しかったのか、だんだん僕をイジるのを楽しみ始めていた。
「ブッブー!無理~!」
有紀は指でバツ印を作り、口を尖らせて言った。
「忘れられないよ~。
ある意味一生の思い出。
あたしの人生で一番記憶に残る告白になっちゃじゃないの。
も~、どうしてくれるのよ~。」
「だからゴメンって~。
あぁ~、もう、できることなら時間を巻き戻して、今日のデート仕切り直したい…。」
「アハハ~、なにそれ?
それはさすがのエスパー有紀さんでも無理だよ~。時を駆ける智弘?」
今日のデートは有紀の昇進祝いの為に準備したサプライズだ。
出来ればスマートに格好よくエスコートして気分を盛り上げたかったのだが、実に幸先の悪いスタートを切ってしまった。
元々あまり女性と遊び慣れていない僕は、スマートなエスコートは得意ではない。
今日のデートコースも一から十までネットや雑誌で調べたものだ。
カフェもディナーもホテルも…。
そして、エスコート以上に下手なのがトークだ。
内向的で口下手な僕は中々気の聞いたスマートな会話ができない。
ましてや女性が喜ぶようなキザなサリフなんかとても口にできない。
そんな僕が咄嗟にあんなに恥ずかしいセリフを言ってしまったのだから、本当に忘れて欲しい。
「え~?じゃあやっぱり無かった事にして。」
「う~ん、どうしようかなぁ…。」
有紀は両手を頭の後ろに組んで、アスファルトの上にまばらに散っている黄色い銀杏の落ち葉を蹴りながら、僕の前を歩いてい行く。
「じゃあさ…。」
彼女は突然振り返り僕を見つめた。
「もう一度いってよ…。」
彼女の顔からはさっきまでのおどけた笑顔は消え、真顔で僕を見つめていた。
「今ここでさ…、さっきのセリフ、もう一度ちゃんと最後まで言ってくれたら…、忘れてあげてもいいよ。」
「えっ……?」
僕は突然の有紀の真剣な眼差しと、その要求に戸惑ってしまう。
「ねえ智クン。あたしさ…。
今までちゃんと言ってもらったこと無いよ。
ああいうこと…。」
胸に刺さった。
そうかも知れない。
いや、そうなんだ。
僕は彼女にちゃんと伝えたことがなかった。
思っているだけで口にする事の無かった言葉。
…「好き」という言葉。
最初は口にするのが怖かった。
その言葉を口にしてもしも拒絶されれば、それまでの関係が全部崩れてしまうから。
それでも有紀は僕を受け入れてくれた。
言わないでも伝わった。
わかってもらえている。
そう思っていた。
だから言わないでいたのだろうか?
それとも、僕の中に何か違う理由があるのだろうか?
堂々と『好きだ。世界で一番愛している。』
そう言いたかったけど、言葉にできなかった…。
僕が臆病で自分に自信がなかったから?
それだけではない。
恐らくはそれを堂々と口にする事がはばかられる何かやましい…、後ろめたさにも似た心の痼(しこり)を感じていたからだった。
気がつけば僕は足を止め、ただ彼女を見つめて立ち尽くしていた。
どこか切なげな表情でじっと僕の言葉を待っている。
そんな彼女が堪らなく愛おしく思えた。
同時に重苦し罪悪感が僕の心臓を押し潰す。
「そうだね…。
ちゃんと伝えた事、無かったよね。
ゴメン…。」
『そうだ、たった今…、ちゃんと言おう。伝えよう。』
そう思った。
鼓動が早くなる。
軽く握り込んだ掌が汗ばんでいた。
「あの…、僕は…!
僕は、有紀ちゃんのことが…、っ!」
乾いた喉から絞り出した声。
想いを伝えようとする僕の唇を遮ったのは彼女の指先だった。
「ストップ!」
有紀は手で僕の口元を押さえて黙らせた。
「アハッ…、やっぱりいいや…。」
僕の唇からそっと指先を離す。
目を反らす様にそっぽを向いたその横顔にはちょっとバツの悪そうなはにかんだ笑いを浮かべていた。
「ほら、やっぱりこういう事ってさ…。
こっちから無理やりお願いしてとか…。
そーゆー風に言ってもらうことじゃないよね~。」
「えっ…?いや、無理やりとかと違っ…!」
慌てて取り繕っている様にみえたのだろうか。
有紀はそんな僕を見てニッと白い歯を見せて笑った。
「いいって、いいって~。
さっきも言ったでしょ?
あたしには智クンのこと何でもお見通しなんだから…。
言わなくてもちゃーんと伝わってるよ?
智クンの気持ちはさ~。」
有紀はいつもの様に少しおどけて見せた後、少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「でもね…、それでも言って貰いたいものなんだよね~。
めんどくさいんだよ?女子ってのはさ。
で、あたしもやっぱり女子なんだよね~。
だからさ…、そのうちもっとちゃんと言って欲しいかな…?」
自分の彼女にこんなことを言わせる己の不甲斐なさが情けなかった。
「待って!聞いて…、ちゃんと…、今ちゃんと言うからっ!僕はさ…っ!」
有紀はわざとらしく手で両耳を押さえておどけて見せた。
「聞こえない、聞こえない~。
なぁ~んにも聴こえませぇ~ん。」
困り果てた様な僕を見て、彼女は人差し指を僕の鼻先に突きつけた。
「もぉ~、ダメダメ!
もっとロマンチックなシチュエーションで言ってくれないとヤダからね~!」
ハードルが上がってしまった…。
口下手な僕にそんなことを求めるなんて…。
「フフッ…。
それまではさっきの『アレ』ずっと覚えとくからね~!」
再びさっきのカフェでの出来事を思い出さされた僕は、少し恥ずかしくなり赤面してしまった。
「え~っ!いや、それはもう忘れてってば。」
「アハハッ、嫌で~す。忘れませーん。
ほら、もう行くよ~。」
有紀はきびすを返してさっさと歩き出した。
ポツンと取り残された僕はと言えば、そんな彼女後ろ姿を暫し呆けたように眺めていたが、ハッと我に返って慌てて後を追う。
小走りに駆け寄る足音に、僕の気配を察して立ち止まり肩越しに振り向いた有紀は、まるで何も無かったようにいつもの屈託無い笑顔をみせてくれた。
僕たちは再び肩を並べて歩き始めた。
「ねえ、今日はこの後は映画観るでしょ?その後は?」
「ん?それはまだ秘密~。昇進祝いのサプライ に有紀ちゃんの気に入りそうな店予約してるからね。」
「ええ~っ!?
いやいやっ!それ言っちゃったらサプライズになんないじゃ~ん!」
笑いながら僕の肩をバシバシと叩く有紀。
「えっ?そ…、そうなの?」
「そうだよ~!いきなりバラしちやってるじゃん!
あっ…、でもこれ以上は聞かないでおくね!
アハハッ…、可笑し~い!
でも嬉しい!なんだろう?晩ごはん楽しみ~!」
『あー、そうだったんだ…。サプライズって全部内緒でやらなきゃいけないんだ!』
なるほど、言われて見れば…
英語で「Surprise」=「驚かせる」の意味だ。
先に予告してしまったら喜びこそすれ、驚きではない。
でもまあ、全部はバラしてないし、取り敢えずは喜んでもらえたのならまあいいだろう。
ただ、こういうところに恋愛経験の少なさが露呈してしまって少し恥ずかしくはある。
そこはもう、正直に白状してしまおう。
「あぁ…そうなんだね!
サプライズってそういう事なんだね…。
ハハッ、なんかさ…、そういうのしたこと無かったからさぁ…、だからごめんね!
今の聞かなかったってコトで!」
僕は照れ隠しに笑いながら頭をかいた。
「アハハッ、わかった~。何にも聞いてませ~ん!でも楽しみ~。」
彼女はいつでもこんな調子で、不器用で段取り下手な僕のエスコートに、嫌な顔1つ見せずに付き合ってくれる。
暫く無言で歩いていた彼女だったが、街並みを眺めながらふと呟いた。
「なんかさ…、すっかり秋だよね…。」
「だよね…。銀杏もすっかり黄色くなってるしね。きっともうすぐこの道も落ち葉の絨毯みたいになるよね。」
「あー、それいいよね~。楽しみ…。
あたし秋が一番好きだなぁ、季節の中で…。」
有紀はすっかり黄色く色づいて、落葉の時期を待っているかのような銀杏の枝ぶりを見上げながら歩いていた。
「ふーん…。有紀ちゃんは秋の何処が好きなの?」
「だってさ、美味しい食べ物いっぱいあるし…、暑くも寒くなくても過ごしやすいし…、
おしゃれな服とか楽しみやすいし…。
それにさ…、秋って何処となくロマンチックじゃない?」
秋がロマンチックかどうかはあまり考えたことは無いが、そう言って目を輝かせる有紀はとても可愛らしく思える。
彼女は僕の上着の袖を摘まんで、引っ張った…。
「ねえ…。」
「ん…?なに?」
「手…、繋がない?」
「あ…、うん…。」
僕たちは互いに指と指を絡め、ゆっくりと歩いた。
少し肌寒い10月の風の中、掌に彼女の体温を感じた。