第5話

文字数 1,542文字

 僕たちは、そのまま飛行塔に向かい、係の指示に従い、四機ある飛行機の一機に二人きりで座った。赤くて愛らしい飛行機に、お嬢は子どものようにはしゃいだ。
「めっちゃテンション上がってるやん。あの前に座ってる小学生の子より、声大きいで」
「やって、こんなレトロで可愛い飛行機に乗るねんで。それに、絶対夜景綺麗やん。本当、今日、ここ、来れて良かったわぁ」本当に今日、ここに来て良かった。この遊園地を教えてくれた圭に感謝しなければならない。だからこそ、それに報いる良い報告をしよう。明日は祝勝会だ。
 いかにも遊園地というあのブザー音が鳴り響き、徐々に飛行機が上昇と旋回を始めた。ゆっくりと空が近づいてゆく。飛行機の下にあの夜景が見え始めた。キラキラの世界。近鉄百貨店の宝石売り場を丸ごとひっくり返したって、こんな輝きにはお目にかかれないだろう。夜風を切りながら、飛行機は回り続ける。
 そこに、二人だけの世界。キラキラの世界の中に、僕たち二人きり。愛を伝えるのに、これほど相応しい瞬間はない。ないだろう。
 なのに、どうして、こんなにも難しいのか。
 もし、こんな宝石のような瞬間に、振られるようなことがあったら? この先、美しい景色を見る度に今日のことを思い出すのだろうか。どうしてもそんなことを考えてしまう。告白しない限りは、この尊き時間を尊いままに、記憶に留めておくことができる。それはそれで良い人生なのかもしれない。そもそも、別に今日付き合い始めなくても良い。もっと普通の、何気ない日常を背に愛を伝えても良い。
 この素晴らしい夜に、大した取り柄もない大学生の僕はあまりにも不釣り合いだった。
 そうだ。今日じゃない。いつかはわからないけれど、今日でないことは確かだ。今日という日の思い出は、このまま美しく残しておこう。
 そう決めかけた時だった。隣の彼女が言った。
「なぁ。こんなロマンチックな場所に来たら、言わなあかんこと、あるんとちゃう?」お見通し。そんな声が聞こえた気がした。吸血鬼みたいな八重歯を唇の間に覗かせて、意地悪に笑う彼女は、背後の景色と相まって、魔的な美を放っていた。
「や、夜景も綺麗やけど、お嬢の方が……」俺はおずおずと言った。
「ほんまに、言いたいこと、それでええの?」畳み掛けられる。どこまでも真っ直ぐに見つめてくる。心臓が高鳴る。ああ。もう、ええい、ままよ。
「好きや。付き合ってくれへん」
 いざ、そう言うと、さっきまでの彼女の勢いはどこに行ったのか、急に顔を背けられた。そして、彼女は呟いた。
「もっと、はよ言ってよ」夜空の中にいてもわかるほど、横顔が赤らんでいた。
 予想もせぬ反応だった。まさかと思いつつ、意を決して、今度は僕から攻める。
「それは、オッケーってことやんね」
 やや間があって、彼女が答えた。
「今更何言ってんの。当たり前やん」小さい声だが、はっきりとそう言っていた。
 奇跡が起こった。こんな可愛い人が僕の彼女? 信じられない。飛行機は徐々に下降を始めていたけれども、僕は天にも昇る心地だった。ああ、世界はこんなにも美しかったんだ、そんなキザなことさえ真面目に思った。
 やがて、飛行機はゆっくりと地上に辿り着き、空の旅は終了した。
 その時に僕はふと気がついた。たった今、彼女が僕の彼女になった。つまりは、これからもっと色んなことを二人で一緒にできるということだ。……手、繋げないかな。
 告白が成功したことしたことで、気が大きくなっていた。
「あ、待って」先に飛行機から降りようとする彼女の手を、僕は大胆にも掴もうとした。
 と、彼女の手が思わぬ方向に動き、僕の手は空を切った。
 彼女はそんな僕を振り返って、意地悪に笑った。
「それは、また今度ね。楽しみは後にも取っておかな」
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