二、街へ

文字数 3,934文字

 僕はまず、検索エンジンで『人気バンド』を検索した。
「うーん、この写真のメンバーはいないな。おかしい。どれだ?」
 何組も写真を見てみるが、バンドの多くは男だけ。男女混合のバンドは少ない。一組出てきたが、この写真の面子とは違う。女の子の楽器が異なっている。検索エンジンに出て来ないってことは、他に検索方法は……。僕は今度、動画サイトで人気のバンドを片っ端から聴くことにした。動画サイトだったら、あまりメジャーじゃないバンドも入っている。音楽はめったに聴かないし、動画サイトも見ない僕だけど、彼らを探さないと問題は解決できない気がする。いた。女の子がドラムをやっているバンドだ。さて、見つけたはいいけど、この写真と同じものを探さないといけないんだよな……。
 僕は片っ端から動画を再生した。曲数が六十曲もあるのは地獄だったが、全部見続けた。それでも、同じ画はない。どういうことだ?
 もう一度、クラウドの中の写真を見ようと画面をクリックしてみると、今度は中に動画が入っていた。
「なっ……! なんだよ、これっ!」
『48:30:05』。どんどん数字は減っていく。これってもしかして、カウントダウン? 48っていうのは、四十八時間。つまり二日ってことだ。二日以内にこの謎を解かないと、僕は……!
「こうなったら、覚悟を決めて出かけるしかない」
 何が起きているかはわからない。部屋中閉め切って、朝か夜かもわからない生活をしていたから、プライベートな空間から出るのは勇気がいる。でも、出ないと。
 僕はできるだけきれいなジーパンと、着て外出してもおかしくないTシャツに着替えると、カバンの中に財布と、高校にいたときに買ってもらったスマホを入れる。
「……神様仏様、なんでもいいので、力を貸してくれっ!」
 神頼みすると、僕は部屋の扉を開け、玄関を数か月ぶりに出た。

「うっ」
 人ごみ、といっても、ラッシュ時ではない。朝の十一時だと、駅の時計でわかった。それでも人が怖くて、気持ちが悪くなる。だからといって、怯えている場合じゃない。数か月前にバイトで貯めていた貯金を全額下ろすと、僕は慣れもしない渋谷へと向かうことにした。よくわからないが、学校に通えていたとき、みんなが話していた。音楽に関するなら渋谷のタワレコだと。確かにタワレコに行けば、さっきのバンドのCDがある。
 僕が考えたのは、動画じゃなければ静画、つまりCDのジャケ写じゃないかということだった。それか歌詞カードの中の写真。不本意だし、何枚あるかわからないが、CDを全部買えば何か答えが見つかるかもしれない。
 山手線は予想通り混雑している。周りのみんなが僕を見ている気がしている。長めな髪に、ダサい格好。こんな状態で渋谷に行くなんて、最悪だ。お洒落な男女やスーツで決めたサラリーマンがいるのに、僕は……。女の子たちの笑い声ですら、僕への嘲笑に聞こえて、怖い。僕は……僕は見世物じゃないんだ。なんでこんなことに? すべては僕が何かしたから? 何をしたんだ? ただ引きこもって小説を書いていた。それが悪かったのか? 髪で顔を隠しながら、僕はタワレコへと向かう。スクランブル交差点は地獄だ。待っている間には日本の若者に笑われている気がするし、信号が青になると観光客に写真を撮られている気がする。空の青さが僕には痛い。太陽が突き刺さる。
 さっさと店内に逃げ込むが、そこも大勢のリア充たちが待ち構えていた。僕はおどおどしながらCDコーナーをうろつく。万引き犯と間違われないといいんだけれど。
バンドの名前は『アップルシード』だ。アップルシードは、動画を見てロックのジャンルだとわかっている。ロックのコーナーへ行くと、『ア』のところをくまなく探す。ここにあるCDアルバムは十枚。散財すぎて泣きそうだ。僕は十枚全部のCDを手に抱えると、レジへと向かう。黒い折り畳みの財布からお金を出すと、なんとかCD購入。店員さんに怪しまれても、もうどうでもいいと開き直った。だって僕は、CDを買った瞬間、ここの客になったんだから。
 財布を見ると、まだお金は残っていた。もしかしたら捕まるかもしれない。だったら最後にこのお金を全部使ってしまおうか。時間はないが、だったら最後にパーッと何かしたっていいじゃないか。僕はまた開き直った。こうなったらイメチェンして逮捕されてやる。コミュ障がなんだ、引きこもりがなんだ。人と話したりするのは怖いけど、どうせ捕まるんだったら、失敗なんて怖くない!
 僕はまず、適当な店に入ると、店員さんに声をかけた。
「そのマネキンが着ている服、全部ください」
「え」
 強盗みたいな言い方かもしれないけど、僕は一般市民でただのお客だ。
「ご試着は……」
「着て行きます」
 値段もちらっと見たが、なんとか大丈夫だろう。ちょっとの間だけどバイトしててよかった。新品の黒いロック系なTシャツに、破れた黒いジーパン。渋谷系とはちょっと違うけど、こういう格好は一度してみたかったんだ。これなら長髪でもおかしくないだろうし、大丈夫。 
僕は少しだけ姿勢を正した。すると、ちょっと身長が伸びた気がした。なんだかさっきの青い空が、痛くない。太陽の日差しが眩しくない。服装を変えるだけで、こうも気分が変わるなんて思っても見なかった。
 ……っと、気分が変わったのはいいけれど、解決しなくちゃいけないことはある。悠長に最後の買い物を楽しんだんだ。あとは謎を解かないと。僕は急いで家に帰ると、また部屋に閉じこもることになった。
 まず、買ったCDを全部開封して、歌詞カードの写真を見る。しかし、どれにもない。
「あれ? DVDが付いてる」
 CDには特典としてプロモーションビデオが付いていた。しかも一枚じゃない。複数のアルバムに付いている。もしかしたらこの中に例の写真と同じものがあるかも。パソコンにDVDをセットすると、また動画の再生だ。しかしこの中にもファイルと同じものがない。どういうことだ? 時間を確認すると、残り四時間。もうやれることはやっただろ? あとは何があるっていうんだ?
 僕は諦めて、テレビを見ることにした。残り四時間。四時間後僕はどうなるのか。わからないが、警察でも来るのだろうか? わからないが、ボーッとするしかない。適当なチャンネルをつけると、音楽番組が映った。流れる様々なアーティストのミュージックビデオ。どれも興味がない。興味……か。それだったら飽きるほど聞いた、アップルシードの曲のほうがいいかもしれないな。
 ボーカルのミサキにドラムのアリサ、キーボードのリュウにベースのマサ、そしてギターのコウ。すっかりメンバーも覚えてしまった。なんだかんだで曲もいい。メッセージ性のある歌詞に、流れるようなピアノ。ドラムは正確なのに、時たまトリッキーだし、ベースもジャズべを使っていたりする。ギターのアルペジオなんかもカッコよく聴こえてしまうから、僕もかなり洗脳されてしまったな、なんて苦笑する。
 結局僕は何をしていたんだろうか。何らかの信用毀損をして、アップルシードの動画を見て、CDを買い込んで、服を新調した。意味がわからないな。親が知ったらきっとびっくりする。いきなり何をしたのかって。でも、もういいや。逮捕でもなんでもしてくれ……。
そう思いながらうとうとしていたら、テレビの音が耳に響いた。
『さあ、ここからはアーティストのデビュー時のミュージックビデオを紹介しちゃうよ! 最初は人気が出てきたバンド・アップルシード! レッツゴー!』
「デビュー時のミュージックビデオだって?」
 まさか。
 僕は急いで座り直す。……これだ。タイトルの文字が画面に表示されると、ドラムロールが聞こえる。ミサキの大きく伸びのある声。明るく、何かが始まりそうな軽快な演奏。楽し気なクラップ。アメリカのコミックのようなカラフルな演出はあえての策略なのか。ゴングが鳴ると、サビだ。独特のオノマトペは、アップルシードの強み。黄色や水色の飛沫が飛ぶと、フルートの音色。ほら貝は彼らの戦が始まる合図。
 いくつもの色彩のラインが交差し、流れていくのは星だ。画面の中の彼らは、さらに画面の中にいる。きっともっとテレビに出たいと強く願っているのだろう。こんなハッピーな曲は今まで聴いたことがあっただろうか? 最後に出てきたリンゴは、割れて種が出てきた。これがアップルシードというわけか。
 僕は目を完全に覚ました。パソコンを立ち上げると、彼らのデータを検索する。アップルシードはデビューしていたのにも関わらず、売れていなかった。だから検索しても最初は写真すら出てこなかった。でも今は違う。僕が検索することで、彼らのデータがどんどん掘り起こされてくる。彼らのデビュー曲。なぜかこれだけは動画サイトになかった。きっと理由はひとつ。このテレビで流すためだ。そして、僕の推理が正しければ。
 動画サイトに飛ぶと、アップルシードの今の曲を検索する。タイトルは……。
「スタート、だ」
 テレビと同じように明るいオープニングが暗かった部屋を明るくする。そうだ、これだ。僕に出されたなぞなぞの答え。それは『スタート』だったんだ。三分四十秒のまばゆい光が終わると、あとからCMが流れた。外国人が車に乗りながら、こう言う。『Congrats!』……当たった。つまり、僕が出さなくちゃいけなかった解答というのは、アップルシードのデビュー時のミュージックビデオを動画サイトから探し出して、再生するということだったんだ。だけどなぜ? それと信用毀損と何の関係があるんだ? 当たったことでどっと疲れが出た僕は、その日寝落ちしてしまった。
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