一、信用毀損罪

文字数 2,166文字

 僕の名前は清宮(はる)。推理小説家志望の十八歳……というと聞こえはいいが、高校を辞めてずっと引篭っているニートだ。
 作家志望と言っても、どうやって作家になるかなんてわからない。一応、小説サイトのコンテストに応募したりはしているが、どれも引っ掛かりなんてしない。読者投票があるところなんて、特にダメ。根っからのコミュ障だから、感想なんてもらえやしないし、もらえたとしても『ありがとうございます』が言えない。
 僕って本当にダメだなとは思うけど、今日も小説は書き続ける。人気の異世界ファンタジーなんかじゃなくて、推理小説だから、読者も正直少ない。これは僕の文才も関係しているのかもしれないけど、面白くないんだろうかと心配になる。面白くない以前に、目に留まらないんだ。
 どうすれば、人の目に留まる小説が書ける? 難しいな。最近の同世代は、SNSの影響で、長文は読めないと聞く。つぶやき百四十字がなんとか、とも。僕の小説は十万字もある。何かとっかかりがなければ、読んでくれる人もいない。何か案は……。
 僕は何かネタがないかと、タイムラインを眺めることにした。同じように小説を書いている人のつぶやきや、好きなアーティストの言葉。尊敬する大御所の日々の生活。ふと、パソコンの左側に目をやった。
 ――トレンドか。人気作家になったりしたら、このトレンドに僕の小説のタイトルが載るんだろうか。それか、小説が映画化されて、そのときにでも。
 いやいや、世の中そんなに甘くない。けれど、このトレンドっていうのがみんなに多く呟かれている言葉ってことだよな。
 僕はその裏を思いついた。人間は知的好奇心が強い生き物だ。だったら、自分がつぶやいた言葉を同じように検索するのではないだろうか。例えば、今人気のアプリ内のドラマのタイトルがある。『おばさん愛』とかいうものだ。なんでもおばさん同士の同性愛をテーマにしているらしいが……みんなこのドラマを見ているんだ。だったら、このワードを自分のつぶやきに取り込んだら、みんなが検索して僕のつぶやきも見るんじゃないか。僕のつぶやきにも、うまく自分の推理小説の宣伝を混ぜておく。そうすれば、小説サイトのアクセスが伸びるかも。
僕は、ドラマの終わる時間を調べ、それと同時に自作のプロモーションつぶやきを投稿することにした。
『おばさん愛、面白かったですか? 恋愛ものも悪くないですが、気分転換に推理小説『trick luck』もどうぞ! http://XXX/XXX』
 ドラマ終了時間ぴったりに、このつぶやきを投下。アクティビティを見てみると……。
「えっ、2000? 嘘でしょ!」
 いつものアクティビティは4とか、最高でも30だ。なんでこんなに……。ドラマのタイトルで検索させるっていうのは、PRとしてはかなり有効な手だったんだ。肝心の小説のページビューも、1000は行った。いつも5くらいなのに……。ともかく今回の作戦は大成功だ。
 僕はその晩、少しだけ気分を高揚させたまま、布団に横になった。
 ――翌朝。といっても、昼。母親も父親も出かけてから、僕は布団を出た。カップ麺を食べ終えると、今日も執筆だ。
 僕の小説は、十万字の作品がいくつもあり、USBで保管するのが大変なので、クラウドにアップしている。そこから書きかけのファイルを呼び出そうと、パソコンでアクセスしたところ……。
「な、なんだこれ!」
 いつもあるはずのファイルは全部消え、残っていたのは『信用毀損』と書かれたファイルと、謎のバンド写真だ。
 バンドの写真はよくわからないが、信用毀損って僕、何をした?
「清宮開 信用毀損罪……って、嘘だろ? そもそも何の信用毀損だよ!」
 僕は真っ青になりつつ、自分が何をしたのか思い返してみる。ドラマに便乗して自分の小説をPRしたことがいけなかった? 僕は『信用毀損罪』という語句を検索エンジンで調べてみた。   
 一応調べたところ、風説の流布などが当てはまるらしいが、僕に心当たりはない。僕の昨日のつぶやきにも問題はないはずだ。だったら、小説の内容か? 僕の推理小説には、確かに現実の場所に似せた場所が出てきている。そこで殺人事件が……。だけど、こういうことは他の推理小説でもないか? うーん……。
 僕がこのことで逮捕されるならばしょうがない。焦ったってどうしようもないし、僕には捨てるものがない。今だってニートだ。親に迷惑をかけるだろうが、僕には夢も希望もないんだ。小説を書いても当たらない。読んでもらえもしなかった。それに、小説家に慣れもしないんだったら、人生終わったもんだろう? 引きこもりの僕には絶望しかなかったんだし。
 でも、そうなると最後にひとつだけ気になるものがある。それがもうひとつのファイル。謎のバンドの写真だ。信用毀損罪の文書と一緒にされるのには似つかわしくないくらい、楽しそうに演奏している五人の男女。カラフルな風船やテープが舞っている。これは一体なんなんだ? 意味がわからないが、もしかしたらこの謎を解けば、信用毀損罪は免除される?
 引きこもっているので、しばらく入っていなかったシャワーを浴びると、ひげを剃る。このバンドの正体がわかれば、何か起死回生のヒントが見つかるかも! 僕は気合いを入れてパソコンを開いた。
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