大きなお家と小さなお家

文字数 1,628文字

 私の家は小さな一戸建て。一階はダイニングとお風呂場に小さなリビング、二階には両親と私の部屋があるだけ。
 そして、そんなわが家のお隣さんは豪邸。広い敷地に悠々と建てられた洋館で、庭には季節の花々が咲いていた。その庭越しに、母はお隣のおばさんとよく話をしていた。住まいとは違い、気さくなそのおばさんは子ども心にも感じのいい人だと思った。時々、私を庭に誘い、遊ばせてくれることもあった。
 
 
 年頃になった私に、彼ができた。ある日、彼が車で家まで送ってくれた。近所の目が気になった私は、家の前で降ろしてもらうのがはばかられ、手前の角で降ろしてもらった。
 そして、お隣さんの家の前に差し掛かると、窓からおばさんに声をかけられた。開いてるからちょっと入って、と言われ、私はそのまま豪邸に入っていった。
 玄関のロビーでいただきもののおすそ分けを渡されたが、そこには見知らぬ男性がいた。この家の長男だったが、ずっと海外の学校へ行っていたので、私は会ったことがなかった。挨拶をしてしばらく話し込んでしまった。
 それから、いただきものを手に家へ戻った。
 
 その頃からだと思う、彼が急に積極的になり始めたのは。とてもやさしく、連絡も密になり、ご両親にも紹介してくれた。そして、私の両親にもぜひ会って、正式に交際を認めてもらいたいと言われた。私は喜んで両親に彼の話をし、次の日曜に家へ来ることになった。
 そして、その日がやって来た。私はドキドキしながら駅まで彼を迎えに行った。ふたりで肩を並べてあの角までやってきた。わが家はもう目の前だ。お隣さんの前を過ぎようとしたところで、彼の足が止まった。振り返ると、彼が怪訝そうに聞いた。
「どこへ行くの?」
 私は意味がわからなかった。とにかく、小さなわが家の前に立ってどうぞと合図をすると、彼は驚きと落胆の表情を隠そうともせずにこう言った。
「今日は失礼するよ」
 手土産を下げた、スーツ姿の後姿を私は呆然と見送った。
 この一件で私は深い男性不信に陥ってしまった。
 
 
 数年たったある日、私は母と並んでお隣さんのリビングに座っていた。正面にはこの家のお兄さん、その隣にはおばさんが。そのおばさんが母に目配せをしてから話し始めた。
「今日はお見合いのようなものだけど、顔見知り同士だから気楽にね」
 私はキョトンとして、みんなの顔を見た。みんなは平然としていて知らないのは私だけだとわかった。
 お兄さんはバツイチだった。別れた理由は、元妻の金遣いの荒さだったと話した。
 互いの母親に見送られ、私たちはそのままデートに出かけることになった。家のガレージにある外車に手を伸ばしたお兄さんに、私は首を横に振った。そして、私たちは駅へと歩き始めた。
 電車に乗り、美術館に向かった。絵を鑑賞し、コーヒーショップで感想を述べ合った。
 その時、お兄さんはこんな話をした。自分に寄ってくる女性はみんなお金目当てに思えてしまう、と。私は家を間違えられただけだったが、その気持ちは痛いほどわかった。
 そして、また電車に乗り帰宅の途についた。駅からの帰り道にお兄さんが言った。
「デートなのに、帰るところがほとんど同じって送った感じがしないなあ」
 それでも、ちゃんと私が家の中に入るのを見届けてから、お兄さんは隣の家に帰って行った。
 
 
 そして今、あの洋館はもうない。年寄りふたりでは広すぎるということで、こじんまりとした家に建て直された。そして、空いた広い敷地にはもう一軒、愛すべき家が建っていた。それは、お兄さんと私とかわいい子どもたちの小さなお城。
 敷地内にはほかに家庭菜園が広がり、私の両親の老後の生きがいだ。そして、草花が咲く庭は、今では舅姑となった、隣のおじさんとおばさんが孫たちと遊ぶための大切な場所となっていた。
 
 
 こうして大きなお家は姿を変えて、私たちみんなに幸せを運んでくれた。

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