正夢

文字数 1,177文字

 自他ともに認める、容姿端麗、頭脳明晰な私。その上、まだ若い。将来、美を生かしてモデルやキャビンアテンダントになるか、あるいは知を生かして医師か弁護士になるか、迷うところだった。
 街を歩けば、男たちは食指を伸ばし、女たちは羨望の眼差しを向ける。こんな恵まれた人生を送れる幸運に私は酔いしれていた。
 
 と、ここで私は目覚めた。
 な~んだ夢か……そう思って起き上がり、鏡の前に立つと、先ほどの夢とは真逆な自分の姿が映っていた。
 それにしても、最近、同じ夢を見る。本当に自分が理想的な女であるかのように錯覚してしまいそうだ。
 でも、現実は厳しかった。
 何の取り柄もない私は、まじめに働き、周囲に気を配ることで、なんとか普通の暮らしを営んでいる。
 そしてやっとできた彼に、私は誠心誠意尽くし、おまえほどかわいい女はいないと言ってもらえた。きれいでなくても、頭が良くなくても、心さえきれいなら受け入れてくれる人がいる、そう思うと私はうれしかった。
 
 と、ここで私は目覚めた。
 え? まさか、また夢?
 そこは、病院の集中治療室だった。頭と顔を包帯でぐるぐる巻きに巻かれベッドに横たわっているので、自分の容姿はわからない。頭を打ったせいだろう、本当にどっちが夢で、どっちが現実かどうしてもわからなかった。そればかりか声も出せないので、何があったか聞くこともできない。
 ただ、生死をさ迷うような事故に合い、かろうじて助かったことだけは間違いないようだ。
 
 
 それから半年後、私は、退院の日を迎えた。
 事故前の私は、最初の夢のように人生を謳歌していた。ところが、交通事故で瀕死の重傷を負い、以前とは別人の姿になり、開けていた輝かしい未来は跡形もなく消え失せた。
 助かった安堵感はすぐに消え去り、希望を失った無力感が激しく襲いかかってきた。治療の辛さも加わり、私は深い絶望の淵にいた。
 ところが、ひとりの男性によって、私の心は少しずつ癒され、励まされ、体とともに回復していった。そして気がつけば、以前より私の心は豊かになっていた。失ったものと同じくらい大切なものを、私は手に入れていたのだ。
 
 
 命がけで私を車内から救い出してくれた彼は、たまたま事故現場に居合わせただけの男性だった。
 しかし、彼はその後も私を案じて見舞いに訪れた。苦しみの中、彼の励ましを素直に受け止め、治療やリハビリにがんばる私の姿を見る彼の目が、同情からいつしか敬愛に変わっていくのがわかった。
 そしてこの半年、彼はずっと私を見守り、ありのままの姿を愛おしんでくれた。命を助けてもらっただけでなく、深い愛で包んでくれる彼に、私はいくら感謝してもしきれない。
 
 あの夢は、どちらも正夢だったのだ、そう思いながら、義足の私は最愛の彼と病院を後にした。

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