第4話 向日葵の呪い

文字数 1,639文字

4話「向日葵の呪い」

顔の右側に向日葵が生えた痛みで久世の目から涙があふれて止まらない。両腕の皮膚の上で蠢く根は太くくっきりと浮かび上がり、肩や手の平のほうに向かって伸びていく。

久世は土の上に再び膝をつく。このまま呪いが進めばいずれ、この墓の周りに生えた向日葵たちのようにこの場所に来て死ぬことを知っていた。

「悪いな由莉、まだお前のそばには行けない……また来るよ」

火傷かと思うほど真っ赤に腫れ上がった腕をさすりながら久世は立ち上がり、捲り上げたシャツの袖を戻した。

由莉の墓がある部屋から出ると久世は足を引きずるようにして地下階の階段を上へ向かって登る。来る時は涼しかったが今は呪いの広がった顔の右側や腕の痛みで体が焼けそうなくらいに熱い。

(水、水がほしい)

かつてないくらいに久世は喉が渇いていた。呪いが進んだ体が今まで以上に水を求めているのが分かる。一刻も早くどこかで確保しなければ……。それからメッセージを送ってきた沙原の様子が心配だ。

「……無事だといいが」

久世はふらつきながらも階段を登る速度を早めた。



由子は鳴り止まないノックの音に負けて玄関のドアを開けてしまった。ドアスコープで覗いた時と同じで外には誰もいなかったが、開けたとたんに片腕に痛みを感じてパーカーの袖を捲ると植物の根のようなものが蠢いていた。

(こ、これって…もしかして久世さんが言っていたやつじゃ)

由子は自分の腕を見ながら午後に喫茶店で久世が紙ナプキンに描いていたものを思い出す。あれだ、間違いない。ということは自分は……。

「ルールを破ったから呪われた……ってこと?」

由子は小さくつぶやき、ドアを閉めた後にその場にしゃがみこんだ。すると再びノックの音がする。由子はびくりと身を震わせた。

(今度は誰…?)

由子はおそるおそるドアスコープで外の様子を探る。久世が立っていたのでかけ直したチェーンを外して中に招き入れる。

「久世さん、こんな時間にどうしたんですか」
「沙原さん……すみませんが水、くれませんか」

久世のただならない様子に由子は無言でうなずき、玄関を上がってすぐそこにある流しに向かう。洗ってあったガラスコップに水をいっぱいに注ぐとこぼさないように戻り手渡した。

久世は沙原から手渡されたコップの水を一気に飲み干して顔をしかめる。顔の右側と腕の痛みと熱が引かない。水が足りないのか。

「久世さん大丈夫ですか。右目と腕のあたり真っ赤になって……ってなんですかその向日葵⁉︎」

由子の言葉の最後のほうはほとんど悲鳴に近かった。今まで見えなかったものがはっきりと見えるのだから驚かないはずがない。久世の右目とその周りに生えた真っ赤な大小さまざまな向日葵の花のグロテスクさに目をそむける。

「ああ失礼。呪われたから見えるんでしたっけこれ。不快にさせたらすみません」
「どうも水が足りないようなのでお風呂……お借りできますか」

由子の視線に気づいた久世が右目を片手でおおい隠すがすでに遅かった。荒い息を吐きながら話す様子がとても苦しそうで由子は「どうぞ」と風呂場のドアを引き開ける。

「すみません……シャワーを浴びたら落ち着くはずなので、沙原さんは私のことは気にせずどうぞ休んでください」
「で、でもそれ……本当に大丈夫なんですか?」

久世は無言でうなずくと風呂場に入っていった。ドアに内側から鍵をかける音がする。

由子は言われたとおりに風呂場の向かい側にあるベッドのある部屋に戻るが、横になっても先ほどの久世の様子が気になりまったく眠れなかった。

風呂場に入った久世はドアに鍵をかけた後、浴槽のそばの椅子に腰かけてシャワーを冷水に設定して髪が濡れるのもかまわずに浴びた。

口から水を飲むよりは多少はマシだが、それでも熱と渇きは収まらない。ふと浴槽が目に止まる。手にしたシャワーを差し入れ、目一杯の水量を出して中に水を溜める。半分程度溜まったところで久世は着衣のまま入り腕や顔ごと、ざぶりと浴槽に沈む。さっきまでの渇きが嘘のように消えていった。
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