知人Aへ

文字数 1,557文字

社会の構成要因の、末端も末端。


仕事を聞かれて誇らしげに答えられるほど、たいそうな仕事もしていない私が、今はもう使われていない焼却炉の近くを通りかかった時に見た光景を、誰でもないあなたにこっそり伝えたく存じます。

こんな言い方をすれば、お得な情報のようで聞こえはいいですが、いいえ全く、むしろ私だけでは抱えきれない衝撃的な内容のため……愚痴というか吐露でありますゆえ、聞き流してくださるもよし、どこかへまた口伝して頂いても結構。

あ、でも私の務める小学校への襲撃だけはよしてくださいね。


取り敢えず、まずは私にスッキリさせてください。


結論から言うと、私はそこで見てしまったのです。用務員室での休憩を終えて、生徒たちが授業に戻った午後、私は入れ違いにグラウンドを横切って花壇の補修に出向きました。

花壇までの道のり、途中で焼却炉の前を通り過ぎるのですが、いつもならピッタリと隙間なく閉ざされている蓋がほんの数センチ浮いていたのです。子供が間違って入っては危ないなあと思いました。

猫がこじ開けたのかもしれないと思って、いちおう確認のため隙間から中を覗いたのですが、自分の目を疑いました。猫がいたんじゃありませんよ。

使われていないはずの焼却炉で、何やら燃やされたあとがあったのです。

蓋を開けて、一目見て、それがなんなのか分かりました。もう骨と煤ばかりになっていましたが、つまり完膚なきまでに燃やされ尽くしていましたが、それは、その骨は、子供の、はっきり言ってしまえば人骨であったのです。

か細い悲鳴が私の口から漏れました。これが大声で悲鳴を出せていたのならば、こんな手紙をしたためる必要もなく誰かが加勢にきてこの事が公になったはずです。

しかし、私のひゅっと息を飲むような悲鳴に誰かが気づいてくれるわけもなく、私はこのことを黙っていることにしました。

見て見ぬふりをすることにしたのです。犯罪を隠蔽しようとか、実は犯人を知っていて、庇っているだとかそういう物語的な叙情は欠片もありませんでした。


ただ、めんどさいことになったなという怠惰から黙っていることにしました。遅かれ早かれ、見つかるでしょうし、別に私がわざわざ第一発見者にならなくてもいいと思ったのです。

事情聴取なんかされていたら、何時間も拘束されることになります。ただ遺体を見つけただけと言うだけで、私のようなおっさんはまるで真犯人のような扱いを受ける可能性だってあります。だから、元から知らなかったことにしました。

したのですが……。

いくら経っても見つからないんです。まさか焼却炉で人が燃やされているとは思わないのでしょうけれど、私が見つけられたのだから、他の人もきっと見つけてくれるだろうと高を括っていたので、私は今頃になって白状しようと思いました。

ですからもう一度あの焼却炉へ行って、蓋の隙間を覗いて、遺体があることを確認しようと………したのですが、できなかったのです。

蓋が錆びついて開かないとか、そもそももう1回見る度胸がなかったとかではありません。

無かったのです。あの焼却炉には、骨も、煤も綺麗さっぱり無くなっていました。誰かが片付けた?

私の脳裏には色々な仮説が浮かんできましたが、結局は誰に言うでもなく、二の足を踏んでいるうちに、もう言い出すことの出来ないくらいに日がたってしまっていました。

ですからこれは墓まで持っていこうと心に決めていたわけです、がふと引っかかる話を思い出しました。

あなたの子供が行方不明になったと風の噂で聞いたような気がするのです。気のせいだったらいいのですが。

まさか、まさか。それがずっと引っかかって、今更あの人骨があなたの子供なのだとしたら、と考え出すと変な想像ばかりしてしまって参っているのです。

あなたの子供は無事ですか?


しがない用務員より

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み