第11話 早速失敗する仲直り作戦

文字数 3,917文字

 01
 大介のスタジオから飛び出した悠治はすぐ雪枝に電話をして、事情をごまかした。
「まだ修正中で、読まれたくないんだよ」
「そうか……お兄ちゃん、大介さんたちに迷惑をかけてないよね?」
「……もちろん」
 もちろん、めちゃかけているんだ。
 悠治は話の後半を省略した。

 電話を切ってから、悠治は町中をうろついていた。
 もうすぐクリスマス、あちこちライトアップしていて、お店は商売に張り切っている。
 通行人たちからも家庭団楽の雰囲気が溢れている。
 雪枝は彼氏とデートする予定だろう。
 こんな雰囲気の中で、一人でいると余計に寂しさを感じる。
 だから、毎年の年末になると、いつもより外出を控えていた。
 クズみたいな両親に残された楽しい記憶なんか思い出したくない。

 大介も大介だ。
 余計なことに頭を突っ込んできて……
 それも憎まれるための仕業なのか?
 エロ小説や冤罪の一つ二つくらいで踊されるなんて、よっぽどイメージにこだわっているだろう。

 悠子だった時の記憶が完全にないわけではない。
 悠治は大介が自分を引き留める理由がなんとなく分かる。

 でも、皮肉にも、あんなやつに作品を褒められた。
 認めたくないけど、「敵」の褒め言葉は一番強い。
 誰かに肯定された気分は悪くない。

 本当はごちゃごちゃにしたかったのに、穂香がいたせいか、書く途中から真剣になった……
 まんまと大介の罠に嵌められたとは、予想外だった。
 これからも厄介になりそうだ。
 万が一、彼は修正を諦めて、そのまま制作に入って、雪枝に何かを感づかれたら……
 あるいは自分の脅かしが効かなくなり、彼は雪枝に何かを伝えたら……
 もしかすると、両親のことを脅かしの材料に、自分を操ろうとするかもしれない……
 だったらなんでさっき修正を拒否したんだ、さっそく直せば弱みが捕まれないで済むだろうに……
「だめだ……」
 悠治は痛くなる頭を押さえた。
 思考してはいけない。まともになってはいけない。
 陰気な引きこもり廃オタクに戻らなきゃ……
 普通の人間の価値観でいると、壊れそう……
 ……

 家で引きこもり生活に戻って、ビクビクと大介の動きを待つ約2週間後、
 悠治は穂香からの誘い電話を受けた。

 02

 新年明けまもなく、悠治は穂香の誘いで、家から2時間も離れる新しい図書館まできた。
 誘いの理由は「新しい企画のための資料を集める」ということ。
 仕事絡みは不本意だが、雪枝が彼氏と旅行に行ったことを知った後の鬱陶しい気持ちに沈むより、穂香と一緒に出かけるのも悪くないと思った。
 それに、穂香はとんでもない仕事熱心で、自分のことにも気にかけている。
 そんないい子に失望させたくない。

 図書館は公園の中にある。
 穂香との待ち合わせ場所は公園の入り口。
 二人は新年の挨拶を交わしてから散歩気分で図書館に向かった。
 途中で、穂香は親切にも悠治と大介の和解に働こうとした。
「……でね、あたしが直してみたけど、大介さんはやはり悠治さんに確認してから進めたほうがいいと言って…本当に、悠治さんの気持ちを大事にしていますよ」
「そうか、どうでもいいけど……」
 悠治はできるだけ自然な笑顔を作って見せた。
 正直、大介の出だしに気になって、不安だったけど、穂香の話を聞いたら、
 安心したと言うか、期待外れというか……
 とにかく、緊張感から解放された。
(待って、期待外れってのはなんだ?)
 ふいに、悠治は自分の妙な気持ちに気づいた。
 いろいろ最悪な状況を考えたけど、それらに期待するわけがないだろ?
 大介が本当にやらかした場合、悠子の手を借りて懲らしめてやることなら、ちょっと期待したのかもな……
 でも残念、大介は思ったよりも真面目な人間のようだ。
 いろいろムカつくを感じたのも、その真っ正面から自分に向き合う姿勢のせいかもしれない。

 大介のことを考え始めたら、不思議にも、その本尊が目の前に現れた。
 図書館の玄関の前で大介がいた。
「!!」
 悠治の姿を見た大介も目を大きく張った。

 03
 悠治がスタジオを去ったあの日、大介も一度雪枝に電話をした。
 仕事にちょっとしたトラブルがあることだけを伝えて、悠治の状況を確かめた。
 別に異常なしと聞いたから、しばらく彼を放置した。
 あのエロ小説も更新されていないし、大介はとにかく静かな年末年始を過ごした。
 年明けの頃に、穂香から誘いがあって、図書館で合うと約束をした。
 まさか、穂香は悠治も連れてきたとは……

「あっ、反町さん、偶然ですね!」
 穂香はわざとらしい大介に声をかけて、目配りをした。
「せっかくだから、三人で仲良く勉強しましょう!」
「!!」
 悠治は思わず身を引こうとした。
「いいえ。オレはいい」
「!」
 悠治が断るまえに、大介は先に向きを変えた。
「公園の向こうにお祭りがある。それを見に来たんだ」
「えっ……」
 穂香に止める時間も与えなく、大介はその場を離れた。
「すみません…余計なことをしたのかな……」
 計画が失敗した穂香は悠治に頭を下げた。
「俺とあいつのの問題だ。小日向さんは謝る必要はない」
「……」
「消えるべきなのは俺だったのにな……」
 悠治は大介の後ろ姿を眺めながら、少々複雑な気分を味わった。
 その無意識の呟きは穂香の耳に入ったのにも気付かずに。

 04
 悠治たちと別れたら、大介は一人でお祭りを回した。
 穂香が申し訳なさそうな顔をしたけど、大介は全然気にしなかった。
 もともと暇だったし、一人で過ごすことにも慣れている。

 仕事上にチームワークが必要だけど、彼は一人の時間のほうが好きだ。
 周りの意見や一時的な雰囲気に流されずに物事を冷静に分析でき、感覚が鋭くなり、いろんなことが見えてくる。
 マーケティングのトレンドについての予想がいつも当たっているのも、その一人の時間のおかげだ。

 しかし、大勢の人が大きな流行りしか見えない、権威性のある証拠しか信じないこの世の中で、大介が見つけた小さな「兆」は大体信じてもらえない。
 お世辞とかにそう得意ではない大介も、すぐ人を説得する力がない。
 それでも、彼は自分が幸運だと思った。
 彩夏たちのような信頼できる仲間と、小林のような自分を信じてくれる仲間がいたから。
 みんなの努力と信頼に裏切らないように、なんとしても成功を掴みたいと思った。

 その成功に欠けるピースは、伝えるための言葉の表現力だと大介はずっと前から気づいていた。
 彼には発想力と正確的な分析力を持ているが、クリエイターとして必要な「激情」が圧倒的に不足だ。
 大体、理性が強すぎ、どこが突っ走るところがないと、人の心に強く刺さったものを作れない。
 彼と違って、悠治にはその突っ走った感情を持っている。
 今だと、その不安定な感情が迷惑しかならないけど、正しい方向に誘導すれば、悠治が強い味方になる。
 悠治の今までの反応から考えると、贅沢な望みかもしれない……

 思考を飛ばせながらお祭りを1位時間ほどうろうろしていたら、大介は穂香からの電話を受けた。
「反町さん、悠治さんが、いなくなってます……」
「どういうこと……?」
「よくわかりません……一緒に古い新聞で資料を調べていたら、いきなり具合が悪くなって、空気を変えに行くって外に出てから、30分も経ちました……」
 穂香の声が少し震えていて、明らかに心細くなっている。
「電話にも出ないです。周りを探してたけど、どこにもいないです……図書館に入る前に、消えるべきなのは自分だとか、妙なことを言ったのです……」
「大丈夫だ。オレも探してみる。あいつはちょっと変なところがあるけど、もう自殺しないと思う」
 大介はとにかく穂香を落ち着かせようとした。
「自、自殺!?なんで自殺なの!?」
 何も知らない穂香は信じられない声を上げた。
「……」
 失策だ。
 大介は言葉選びに後悔した。
 普通なら、デートから離れるくらいのことで自殺に連想しないだろう。
 慰めるつもりだったが、逆に不安をかけたようだ。
「とにかく、オレは図書館に向かう。小日向さんはそこで待っててください。悠治くんはそのうちに戻るかもしれない」

 穂香には自殺の可能性がないと断言したけど、正直、大介はそこまでの自信がない。
 ひょっとしたら、穂香の何かの言動が、悠治に雪枝のことを思い出させて、異常モードのスイッチをオンさせたのかもしれない。
 図書館で穂香と合流し、悠治が離れたときの状況を詳しく聞いた。
「バレンタインのものを作りたいと思って、悠治さんと一緒に暦年のバレンタインデーの新聞紙を調べていたの……14年前のものに遡ったら、悠治さんが突然に顔色が悪くなって……」
 その新聞紙はまだ机に置いてある。
 大介はその新聞紙をざっと見た。
 車ブレーキの故障で、夫婦が高速道路で亡くなるニュースが目に入った。
 そう言えば、悠治の両親も交通事故で亡くなったと雪枝が言った。
(まさか……)

 そう思うとたんに、大介の電話が鳴った。
 画面を見たら、雪枝から聞いて登録された悠治の電話番号だった。
 大介は一旦図書館の外にでて、電話に出た。
「……大介…私よ」
 電話向こうからの声はちょっとかすれたように聞こえる。
「悠子……?」
「よくわかったわね」
 向こうはほっとしたように息を吐いた。
「どうした?どこに行った?小日向さんは心配してるぞ」
「公園の池の西側にある草むらよ、いますぐ来てくれる?小日向さんに内緒で」
「なぜだ?」
「来ればわかるわ。じゃね、待ってるよ」
「……」
 意味が分からない。
 でも、その声はいつもの勝気の悠子と違う。
 さっきの新聞紙に連想すると、本当に何か事情があったのかもしれないと大介は思った。

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