キッポと猫 

文字数 1,871文字

 
 あるところにキッポという小さなトカゲがいました。
 
 キッポはとっても頭の良いトカゲ。
 彼の住む世界には危険がいっぱい。
 でも彼はいつも上手に乗り越えてきました。


 ある日のことでした。
 いつものように歩いていると大きな蜘蛛に遭いました。
 彼は言いました。
「お前を食べてやる」
 キッポは言いました。
「僕の尻尾をあげるから見逃して」
 そして自分から尻尾を切り離しました。
 蜘蛛はキッポよりいくらか大きいだけなのでそれで満足しました。


 またある日のことでした。
 いつものように歩いていると大きなムカデに遭いました。
 彼は言いました。
「お前を食べてやる」
 キッポは言いました。
「僕の尻尾の方が食べやすいよ」
 そして十の前足で尻尾にしがみつかせると切り離しました。
 ムカデは持ちやすいのでそれで満足しました。


 またある日のことでした。
 いつものように歩いていると大きなカマキリに遭いました。
 彼は言いました。
「お前を食べてやる」
 キッポは言いました。
「僕の尻尾をあげるよ」
 カマキリは言いました。
「俺は苛めながら食べたいんだ」
 キッポは言いました。
「それなら僕の尻尾を苛めるといいよ」
 彼が切り離すと尻尾は踊りだしました。
 カマキリがそれをおもちゃにして楽しんでいるうちにキッポは逃げました。

 今度も上手に危険を乗り切れたとキッポは安心しました。
 でも、今日はいつもと違いました。
 カマキリからなんとか逃れたところへ猫が現れたのです。
 彼は言います。
「お前を食べてやる」
 キッポにはもう尻尾がありません。
 慌てた彼は頭をひねってこう言いました。
「僕の一番おいしいところは尻尾なんだよ」
 猫は言います。
「尻尾なんてないじゃないか」
 キッポは言いました。
「とっても人気があるからさっき食べられちゃったんだ。でもまた生えるよ」
 猫は言います。
「いつ生えるんだ?」
 正直に時間がかかると教えたら我慢できずに食べられちゃうかもしれないとキッポは思いました。
「もう少ししたら生えると思うよ」
 猫は言いました。
「じゃあ生えるまでは待ってやる」

 一時間がたちました。
 猫は我慢できずに言いました。
「まだ生えないのか? もうお前を食べてやる」
 キッポは慌てました。
「もう少しだよ。それまで面白いお話を聞かせるから待ってよ」
 それからキッポは一生懸命お話をしました。
 色んな冒険のこと。
 故郷のこと。
 兄弟のこと。
 キッポはとてもお話が上手で猫はだんだん真剣に耳を傾け始めました。
 気が付けば時間を忘れて夢中で続きを聞きたがったのです。

 そして猫は自分のことも話しだしました。
 八匹兄弟だったこと。
 生まれてしばらくは人間に飼われていたこと。
 六匹が他の人間にもらわれて行ったこと。
 残った自分と妹のどちらかが捨てられると知ったこと。
 妹のために自分から飛び出したこと。
 野良猫になって何度も危ない目にあったこと。
 いつもお腹を空かせていたこと……。

 夜が来て
 月が昇り
 星が瞬き
 そしてまた朝がきました。

 夜明けとともに猫は動かなくなりました。
 キッポは心配になりました。
「どうしたの?」
 猫は言いました。
「もうずっと何も食べていないんだ」
 猫は今にも死んでしまいそうです。
 弱々しい姿をしばらく見ていたキッポは、ついに心を決めて言いました。

「僕を食べていいよ。君になら食べられてもかまわない」

 キッポは猫のことが好きになっていました。
 でも猫は言いました。

「もう僕は君の事を食べられないよ」

 猫もいつのまにかキッポのことが好きになっていたのです。
 何度自分を食べるように言っても猫は小さく首を振るばかり。
 そしてだんだん呼吸が小さくなっていきました。
 キッポは早く尻尾が生えるように願いました。
 尻尾ならきっと食べてくれると思いました。
 でも何度振り返っても尻尾は生えません。
 ついに猫は目を閉じました。
 キッポは口の中に入ろうとしました。
 でも猫は舌で彼を押し戻します。
 キッポは食べられたくて泣きました。
 猫は一度だけ薄く目を開けるとキッポを見てつぶやきました。

 ―――君のする話が好きなんだ

 そして死んでしまいました。
 キッポは小さな瞳からたくさんの涙を流しました。
 足元に小さい水溜まりができて、泣きすぎた体が少し干からびてしまいそうになるまで。
 やがて涙が涸れたとき、キッポには新しい尻尾が生えていました。


 キッポはもう二度と自分から尻尾を切ることはしませんでした。
 いつか大切な誰かを助けてあげられるように。

 優しい猫に、食べてもらえるように。
 
 
 
 
 
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