花火

文字数 1,476文字

後悔手帳

表紙にはそう書かれていた。
オレはまあまあ田舎に住んでいる。まあまあというのはさほどでもないが、でもある程度はそうだってことだ。砂利道でそいつを拾った。手帳と書いていたが、普通のB5サイズのノートだ。後悔手帳ではなく後悔ノートとするべきだろう。

パラパラとノートをめくる。おそらく男のものだろう。筆跡や言葉遣い的にはそうだ。惨めったらしく後悔したことをうだうだと並べ立てている。共感羞恥とでも言うのだろうか?読んでいて恥ずかしくなった。話のネタにしてやろうと思ったが、読み進めるのも嫌になった。情けないやつだ。情けない男だ。オレまで恥ずかしくなる。部屋の片隅に放り投げた。そしてオレは飯を食いに出かけた。それっきりそのノートのことは頭から抜け落ちた。

ある晩のことだ。彼女と一緒に花火をしたんだ。オレは花火を左手にぶら下げたままスマホをいじっていた。それがいけなかった。オレの持っていた花火の火花がビニールに入っていた花火に引火した。たまたまその先に彼女がいた。大量の火花が彼女の足に当たった。彼女は悲鳴をあげてうずくまった。オレは何が起きたか理解するのに時間がかかった。大急ぎで彼女を車に乗せて病院へ行った。彼女はずっと身体を震わせて痛みに耐えていた。
結局、彼女の足には一生消えない傷痕が残った。でも彼女はオレに何も言わなかった。大丈夫だよ。目立たないから。ソックスを履けば見えないよ。そう言ってくれた。でもオレは許せなかった。自分が許せなかった。オレは自分の腕を花火で焼こうとした。でも、できなかった。罰したかった。オレに同じだけの痛みを与えるべきだと思った。けどそんな勇気はなかった。罰してもらいたかった。彼女の両親にも謝罪に行った。でも何も言われなかった。オレはゴミ野郎だ。やがてオレのこの記憶は薄まるだろう。オレは自分を責めなくなるだろう。でも彼女の傷痕は一生残るんだ。どうすればいいか?この思いをオレに忘れさせないためにはどうすればいいか?記録に残すんだ。そして毎日毎日これを読むんだ。

オレは一冊のノートを買った。オレが彼女にしたことを書いた。オレが彼女に与えた傷のことを書いた。書き上げた後のことだ。何故か自分が書いた文章に既視感を持った。オレはどこかでこれを読んだ気がした。いや違う。見たんだ。オレはこれと同じものを見た。似たような文字を見た。そして気付いた。数ヶ月前に拾ったノート。オレは散らかった部屋を掘り返して探した。目的のノートはすぐに見つかった。後悔手帳。これだ。オレはノートの1ページ目を開いて愕然とした。一言一句。そして筆跡までも一致していた。このノートはオレのノートだ。オレが今作ったばかりのノート。意味が分からなかった。あり得ない。オレのドッペルゲンガーがいるのか。オレと全く同じ人間がいるのか。いや違う。このノートにはまだ続きがある。オレがさっき作ったノートには無い続きがある。胸が締め付けられていくようだった。呼吸が粗くなる。この先に書いているのは。それはこれからオレが書くもの。つまりオレがこの先にする後悔。未来が書いてあるということだ。手が震える。オレにこれから起こることが書いている。それはオレにとって間違いなく辛い未来。でも逆に言えば。それをオレは知ることができる。知っていたならば後悔を避けられる。あの日だってそうだ。あらかじめ知っていたなら注意すれば回避できた。彼女に一生の傷痕を残させずに済んだ。これは救いだ。きっと未来のオレからの贈り物だ。こいつを読めば、オレは後悔の無い人生を歩めるんだ。

終わり








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