ポチ

文字数 1,716文字

------------------------
社会人になってからだ。
犬を飼ったんだ。ゴールデンレトリバーだ。
会社の寮を出るタイミングで、ペット可の一戸建てを借りた。
近所のペットショップで買った。30万円ぐらいだった。
考えるのが面倒だったから、とりあえずポチと呼ぶことにした。
それで結局ずっとポチのままだ。

子犬の時はとにかく可愛かった。誇張抜きにずっと見ていても飽きなかった。トテトテと歩く様子。コロコロと変わる表情。オレは夢中で可愛がった。
半年たったぐらいだろうか。世話をするのが苦痛になった。
トイレを頻繁に間違えるし、夜中に吠える。散歩に連れて行こうとしても拒否したりする。お手やお座りも教えたのに全然できなくなった。
子犬の時とは違ってずっと退屈そうな顔をしてる。オレが撫でてやっても表情一つ変えない。ポチはオレに興味がないみたいだった。
だからオレもポチに興味がなくなった。
だってそうだ。
オレが犬を飼ったのはオレを肯定して欲しかったからだ。オレを必要として欲しかったからだ。オレが帰宅すればブンブンと尾を振って喜び、オレが撫でてやれば幸福そうな顔をする。
そんな存在が欲しかった。
ポチはどうだ。
こいつはオレに興味がない。たまに知人が来た時には飛び上がるように喜ぶくせに、知人が帰るといつものように退屈そうに寝転んでいる。

でも世間体があったから、捨てるなんてことは絶対に考えなかった。非難されるのは眼に見えている。だからオレは最低限の世話を続けた。
本当に最低限だったと思う。散歩、エサやり、風呂、トイレ交換。

また半年ぐらい経ったころ。ちょうど出張が増え始めたころだ。
普通は知人に世話を頼んだり、ペットホテルに預けたりするだろう。
でもオレは何もしなかった。1回やって大丈夫だった。
それ以降も度々出張で家を留守にすることが多くなった。少し心配にはなるものの
、家に帰ると相変わらず出迎えなしで、リビングで退屈そうに寝ていた。

出張以外でも家を空けることがおおくなった。
ある日のことだ。その頃には家を空けてもポチの心配をすることはなくなっていた。
家の玄関を開ける。出迎えがないのはいつも通りだった。
いつも通りリビングで退屈そうに寝ていた。
オレは適当にエサを器に盛ってポチの前に差し出した。でもポチは起きなかった。
それも珍しいことではなかった。目を離したら勝手に食っていることが多かった。
一つ不思議に思った。トイレをしていないようだった。
まさかと思って家じゅうを捜索した。でもどこでも漏らしていなかった。
不思議に思ってポチを見て気づいた。
身体が微動だにしていなかった。
オレはポチの身体に触れた。
びっくりするぐらい冷たくて硬かった。
手遅れだとは分かっていたけど、動物病院へ連れて行った。
分かっていたことだけど、もう死んでいた。
別に悲しくはなかった。オレはスマホで火葬してくれる施設を探していた。
色々なプランがあるもんだ。金を出せば人間みたいに葬式をしてくれるらしい。
もちろんそんなものは求めていない。オレは一番安いプランを探した。
そうしていると医師から声をかけられた。
オレは医師に挨拶をして一応、死因を聞いてみた。
医師は癌だと言った。
進行状況からはおそらく半年以上まえから罹患していただろうと言われた。
心当たりはなかったか?そう聞かれた。
あった。
ちょうどポチが退屈そうな顔をする様になったころだ。
あのころからポチは癌になっていたということだ。
オレはそんなこと考えもしなかった。
だってオレ以外にはブンブンと尾を振って遊んでいた。
オレがそう言うと、医師は安心した状態と興奮状態では症状の見え方は異なると言った。
でも
でも
オレは言葉を探した。
ポチは病気だった。そのことにオレは気付かなかった。
なぜだ。
分かりきってる。
オレはポチのことなんか見ていなかった。
オレにとって大事なのはポチが尻尾を振って走り寄ってくることだった。
もちろんそれはポチでなくても良かった。

これは後悔か。
違う。
単にオレがそういう奴だということだ。
そういう奴が犬を飼った。
その必然でこうなった。
これは後悔ではない。
単なる一つの因果だ。
------------------------


終わり
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み