【寓話】美しい詐欺師
文字数 2,235文字
家事代行、退職代行、遺品整理代行など、世の中には色んな種類の代行サービスがある。
私は男性からある依頼を受けた。盗まれた金を取り返して欲しいというものだった。
老夫婦のもとに電話がかかってきたという。
「終活はお済みですか?」
それは、生命保険会社からの営業の電話だった。
「少しだけ、お話しても宜しいでしょうか?」
「将来のことで何か不安などはないですか?」
それは世間話のような会話から始まった。
「もし貴方に万一のことがあった場合、死亡時の資金、残ったご家族の生活費や住居費などは備えられていますか?」
電話口の相手は、優しそうな若い女性だったという。年寄りの不安を煽り不必要な保険に加入させられたとして、老夫婦の息子はこれを詐欺だと主張し、契約解除、金銭の返還を依頼してきた。
私は、探偵という仮面を被った復讐代行業者である。主な仕事は、詐欺で奪われたものを取り返すことだ。金品の奪還のみで済む場合が7割を占めているが、中には相手の社会的抹殺を依頼されることもある。謎の死を遂げた者もいるだろう。
老夫婦の住所からして、どの営業所からの電話なのかは簡単に推測できた。
期限は1週間。私はその間、営業所の清掃員として潜入した。
トイレ前の廊下を掃除していると、中から楽しそうに談笑する若い女性の声が聞こえた。扉が開き出てきたのは、20代半ばくらいの見た目をした女性だった。
「いつもお疲れ様ですっ」
そう笑いかけてきた彼女は、薄ピンク色の空気を纏い、ユラユラ揺れる髪からは甘い香りを撒き散らしていた。
コツコツとヒールの音が耳の奥で響く。私は、花に誘われる蜜蜂のように彼女から目が離せなくなった。
彼女は、会えば必ず声をかけてきて、最後には決まって少し微笑んだ。その唇はいつも、果実をかじった後のようにみずみずしく濡れていた。
潜入して2日が経ち、私は薄々気づいていた。
電話の向こう側にいたのは、きっと彼女である。
ここのコールセンターには女性が在籍しているが、その多くが40〜50代で、若そうな女性は彼女だけだった。
潜入3日目。
私は彼女を脅迫し謝罪文を書かせるため、彼女の弱みを探し始めた。不貞行為はないか、不正処理を行なっていないか。
「コールセンターの方々、いつも頑張ってらっしゃいますね」
世間話をするように、トイレから出てきた所長に話しかける。
「えぇ、うちは全営業所の中でも成績上位なんですよ。ほんと、助かってます」
すれ違う人達に声をかけてみたが、有益な情報を掴むことはできなかった。
潜入4日目。私は焦っていた。
あまり時間がない。一刻でも早く彼女の弱みを握る必要があった。しかし、颯爽と廊下を歩く彼女は、そんな私を打ち砕くかのように、今日も美しかった。
「今日もご苦労様ですっ」
窓からの日差しで彼女が白く輝く。天使とはこんな感じなのだろうと思った。
潜入5日目。
なんとか彼女に本当のことを吐かせる方法はないものか。こうなれば、作り話でもなんでもいいから彼女を陥れなければ。そんなことを考えながら掃除をしていたせいで、誰かの足にモップを当ててしまった。
急いで顔を上げると、彼女だった。
「あ!すみません!!ボーッとしてました、、。いやぁ参ったな。すぐタオル持ってきます!」
「あっ、大丈夫ですよこれくらい。いつも綺麗にしていただいて、ありがとうございますっ」
彼女は外見のみならず心までも美しかった。本当に
彼女なのだろうか。もしかしたら、別の営業所からの電話の可能性もある。こんな優しい心の持ち主が、老夫婦を騙そうとなんてするわけがない。
私は少しずつ彼女に魅了されているようである。心のどこかで、彼女が犯人であると、そう思いたくないのだ。
結局、この日も何も出来なかった。
潜入7日目。今日が潜入最終日である。
この際はっきりとお伝えすると、私は彼女の虜になっている。昨日から目覚めもよく、彼女と会えることだけが、今の私のモチベーションであった。
休憩時間、近くのコンビニへと向かう途中彼女が物陰で1人電話しているのを見つけた。
彼女は私がいることに気づいてないようだった。
「だから、もう会わないって言ったでしょ‥‥お願い。終わりにしたいの‥こんな関係‥‥」
私はハッとした。
内容からするに、きっとこれは不倫相手との電話であろう。望んでいた"彼女の弱み"を掴もうとしていた。隠れて耳を立てていると、鼻を啜る音が聞こえてきた。
「今までありがとう‥‥さようなら」
そう言うと彼女は電話を切って、その場にしゃがみ込んだ。私は思わず、近くにあった自動販売機で缶コーヒーを買い、彼女に差し出した。
彼女は驚いた顔をしていたが、すぐ優しく笑いそれを受け取った。
「‥‥聞かれてましたか」
「あ、申し訳ありません。聞くつもりはなかったのですが、タイミングを失ってしまい」
「コーヒーありがとうございます。ホッとします」
それから彼女は、その男性との出来事を私に話してくれた。相手との将来に不安を感じ別れてしまったという。
「あ!私の話ばっかりですみません。いつも落ち着いていらっしゃいますよね。将来に不安を感じることはないですか?」
「いやぁ、ありますよ。僕には息子も妻もいます。持病もあるから、しっかり彼らを支えていかないとと常に思ってます」
「持病?どんな病気ですか?」
彼女は私の病気について詳しく、それにあった保険を紹介してくれた。押し付けがましくなく、とても親切な提案で、すぐに受け入れることができた。
私はその日、保険の契約書にサインをした。
私は男性からある依頼を受けた。盗まれた金を取り返して欲しいというものだった。
老夫婦のもとに電話がかかってきたという。
「終活はお済みですか?」
それは、生命保険会社からの営業の電話だった。
「少しだけ、お話しても宜しいでしょうか?」
「将来のことで何か不安などはないですか?」
それは世間話のような会話から始まった。
「もし貴方に万一のことがあった場合、死亡時の資金、残ったご家族の生活費や住居費などは備えられていますか?」
電話口の相手は、優しそうな若い女性だったという。年寄りの不安を煽り不必要な保険に加入させられたとして、老夫婦の息子はこれを詐欺だと主張し、契約解除、金銭の返還を依頼してきた。
私は、探偵という仮面を被った復讐代行業者である。主な仕事は、詐欺で奪われたものを取り返すことだ。金品の奪還のみで済む場合が7割を占めているが、中には相手の社会的抹殺を依頼されることもある。謎の死を遂げた者もいるだろう。
老夫婦の住所からして、どの営業所からの電話なのかは簡単に推測できた。
期限は1週間。私はその間、営業所の清掃員として潜入した。
トイレ前の廊下を掃除していると、中から楽しそうに談笑する若い女性の声が聞こえた。扉が開き出てきたのは、20代半ばくらいの見た目をした女性だった。
「いつもお疲れ様ですっ」
そう笑いかけてきた彼女は、薄ピンク色の空気を纏い、ユラユラ揺れる髪からは甘い香りを撒き散らしていた。
コツコツとヒールの音が耳の奥で響く。私は、花に誘われる蜜蜂のように彼女から目が離せなくなった。
彼女は、会えば必ず声をかけてきて、最後には決まって少し微笑んだ。その唇はいつも、果実をかじった後のようにみずみずしく濡れていた。
潜入して2日が経ち、私は薄々気づいていた。
電話の向こう側にいたのは、きっと彼女である。
ここのコールセンターには女性が在籍しているが、その多くが40〜50代で、若そうな女性は彼女だけだった。
潜入3日目。
私は彼女を脅迫し謝罪文を書かせるため、彼女の弱みを探し始めた。不貞行為はないか、不正処理を行なっていないか。
「コールセンターの方々、いつも頑張ってらっしゃいますね」
世間話をするように、トイレから出てきた所長に話しかける。
「えぇ、うちは全営業所の中でも成績上位なんですよ。ほんと、助かってます」
すれ違う人達に声をかけてみたが、有益な情報を掴むことはできなかった。
潜入4日目。私は焦っていた。
あまり時間がない。一刻でも早く彼女の弱みを握る必要があった。しかし、颯爽と廊下を歩く彼女は、そんな私を打ち砕くかのように、今日も美しかった。
「今日もご苦労様ですっ」
窓からの日差しで彼女が白く輝く。天使とはこんな感じなのだろうと思った。
潜入5日目。
なんとか彼女に本当のことを吐かせる方法はないものか。こうなれば、作り話でもなんでもいいから彼女を陥れなければ。そんなことを考えながら掃除をしていたせいで、誰かの足にモップを当ててしまった。
急いで顔を上げると、彼女だった。
「あ!すみません!!ボーッとしてました、、。いやぁ参ったな。すぐタオル持ってきます!」
「あっ、大丈夫ですよこれくらい。いつも綺麗にしていただいて、ありがとうございますっ」
彼女は外見のみならず心までも美しかった。本当に
彼女なのだろうか。もしかしたら、別の営業所からの電話の可能性もある。こんな優しい心の持ち主が、老夫婦を騙そうとなんてするわけがない。
私は少しずつ彼女に魅了されているようである。心のどこかで、彼女が犯人であると、そう思いたくないのだ。
結局、この日も何も出来なかった。
潜入7日目。今日が潜入最終日である。
この際はっきりとお伝えすると、私は彼女の虜になっている。昨日から目覚めもよく、彼女と会えることだけが、今の私のモチベーションであった。
休憩時間、近くのコンビニへと向かう途中彼女が物陰で1人電話しているのを見つけた。
彼女は私がいることに気づいてないようだった。
「だから、もう会わないって言ったでしょ‥‥お願い。終わりにしたいの‥こんな関係‥‥」
私はハッとした。
内容からするに、きっとこれは不倫相手との電話であろう。望んでいた"彼女の弱み"を掴もうとしていた。隠れて耳を立てていると、鼻を啜る音が聞こえてきた。
「今までありがとう‥‥さようなら」
そう言うと彼女は電話を切って、その場にしゃがみ込んだ。私は思わず、近くにあった自動販売機で缶コーヒーを買い、彼女に差し出した。
彼女は驚いた顔をしていたが、すぐ優しく笑いそれを受け取った。
「‥‥聞かれてましたか」
「あ、申し訳ありません。聞くつもりはなかったのですが、タイミングを失ってしまい」
「コーヒーありがとうございます。ホッとします」
それから彼女は、その男性との出来事を私に話してくれた。相手との将来に不安を感じ別れてしまったという。
「あ!私の話ばっかりですみません。いつも落ち着いていらっしゃいますよね。将来に不安を感じることはないですか?」
「いやぁ、ありますよ。僕には息子も妻もいます。持病もあるから、しっかり彼らを支えていかないとと常に思ってます」
「持病?どんな病気ですか?」
彼女は私の病気について詳しく、それにあった保険を紹介してくれた。押し付けがましくなく、とても親切な提案で、すぐに受け入れることができた。
私はその日、保険の契約書にサインをした。