【奇話】斧男

文字数 2,337文字

本当に可哀想なのは、嫌われている人間ではない。


嫌われるということは、それだけ注目を浴びているということ。もしくはその人が、憎まれるほどの何か才能を持っているのだと思う。
本当に可哀想なのは、他人から何の関心も持たれていない、僕のような人間だ。
たとえば、尖った発言をし、変わり者とされているA君が休んだ日には、「アイツ絶対仮病だろ」とクラスの男子たちが騒ぎ出す。
しかし、僕が休んで次の日学校へ行くと、担任すら休んでいたことを忘れている。
肩がぶつかればみんな 「あ、ごめんね」 と言ってくれるし、めんどうな委員会を押し付けられることもない。
僕は所謂、害のない、普通の、いい子なのだ。
そして、いい子とは同時に"どうでもいい子"でもある。


ある日の教室。目の前のクラスメイトが、楽しそうに怪談話をしていた。

「お前、口裂け女って知ってる?」

「ポマードって唱えるやつだろ?」

この時僕はなぜか、まるで心に口がついているかのように、その名を放ってしまった。

「あの、、、僕、、斧男(おのおとこ)見たことある」

目の前で喋っていた男子たちは、こちらを向き、2秒ほど沈黙した後、キラキラした目で僕の机に両手を置いた。

「斧男って何?!!」

「初めて聞いた!」

予想外の大きな反応に、僕は少し嬉しくなってしまった。斧男なんて、たった今考えた空想に過ぎなかったが、僕は瞬時にその姿を描き出した。

「そいつはコートを着ていたんだ。長靴を履いていた。右手に斧を持っていて、斧の先は赤黒く染まってた。後ろ姿だったから顔は見えなかったけど、身長からして男だと思う」

「え。なにその言い方。お前見たってこと?実在するってこと??」

しまったと思ったが、一度放った以上、戻ることはできなかった。

「‥‥うん。前、帰り道で」

男子2人は目玉をまん丸にして、僕の腕を掴み教室を飛び出した。向かった先は、職員室だった。

「先生!!こいつが斧男見たって!!!」

「なんだ、大声出して」

採点をしながら耳半分だった先生は、最後まで聞くと立ち上がり、僕の肩を掴んだ。

「それ、本当か」

「、、、はい。斧男を見ました」

気づけば、職員室中の視線が僕に集まっていた。
鼓動が、指先まで響いている。こんな高揚感に包まれたのは初めてだった。


次の日、緊急で全校集会が開かれた。
斧男の話は、街の交番にまで伝えられたようだった。
廊下側の窓には、僕から話を聞こうと他クラスからの来客が後を絶たなかった。
斧男の話をすればするほど、頭の中の斧男はどんどん色を帯びていった。最初の話からだいぶ飛躍していたと思うが、みんな事実なんてどうでもよかった。

「斧男、最初に見たのN君なんでしょ。
どんな見た目だったの?」

「大丈夫?怖かったよね。何もなくてよかったね」

「どこで見たの?」

「あいつ嘘ついてるんじゃね?」

「興味ひきたいだけだろ」

僕の発言を非難する人間もいたが、それすらも嬉しかった。
斧男の話は学校外にも広まっていった。
配信チャンネルで予想をする者、自分も見たと虚言をする者も出てきた。
地域新聞にも、注意喚起の記事が載るようになった。


2週間がたったある日、学校は一時休校となった。
虚言者たちの出現により、学校周辺を調査することになったのだ。
しかし調査の結果、斧男らしき人物は見つからなかったとして、学校はすぐに再開した。
3週間が経ち、斧男の話をする人間はいなくなった。
一瞬ではあったが、僕の一言で世界が変わっていくのが、怖いようで、快感でもあった。

「なんだか、夢のような時間だったな」

前の僕に戻って、坂道をひとり歩いていく。

「ねぇー!一緒に帰ろう!」

振り返ると、クラス委員の男子が手を振りながら、こっちに向かってきていた。

「君は‥‥なんで」

「だって、斧男の第一発見者でしょ。危ないし一緒に帰ろうよ」

彼は、僕を心配して来てくれたようだった。

「ありがとう」

今までひとつだった影が、2つになって歩いている。

「にしても、遠いところに住んでるんだね」

「家こっちじゃないよね?僕について来て大丈夫なの?」

「遠回りになるけど、こっちからでも帰れるよ」

沈黙のまま歩いていく。
そもそも彼は、クラス委員に選ばれるような人間である。休み時間にひとり、読書をする僕なんかとは違う。太陽と月のように巡り合うことのない僕らに、共通の話題などなかった。


「そういえばさ、聞きたいことがあって」

先に口を開いたのは彼の方だった。

「斧男って、あれ、嘘だよね?」

僕は時が止まったように足が動かなくなり、地面を見ていた顔を上げた。彼は、まっすぐに僕を見ていた。

「なんで‥‥」

「なーんだ。やっぱそーかよ」

先ほどまでの優しい笑顔は、そこにはなかった。

「みんなが知ったらどう思うだろうね」

「ごめん、言わないで、秘密にして」

「俺、嘘ついて目立とうとする奴嫌いなんだよね。それも、お前みたいな陰キャがさ」

そう言うと笑顔でスキップしながら、僕の前を進んだ。彼は、僕が想像していた人間とは違っていた。

「もう学校来れないかもね」

その瞬間僕の目に、刃物のように尖った石が映った。
もし斧男がいれば、こうするはずだ。石を後ろに隠し、前を歩く彼に近づいた。

「斧男は、実在するよ」

澄んだ風が気持ちいい、夕方17時。
街には、どこかの学校のチャイムが鳴り、坂道には赤黒い小川が流れていく。
僕は石を川へ放り投げ、走った。

今日は一段と、夕日が綺麗だ。



速報です。
昨日夕方ごろ、中学生男子生徒が、何者かに頭部を殴られ襲われました。
男子生徒は、発見した地域の住人により病院に搬送されましたが、搬送先で死亡が確認されております。
犯行に使用されたとみられる斧は、まだ見つかっておりません。
防犯カメラには、黒いコートを着て、長靴を履いた男性らしき人物の姿が確認されています。


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