新たな使命
文字数 3,384文字
........................俺は死んだのか?
当たり前か。あんな高いところから飛び降りたのだから。
となるとここは天国?
そんな馬鹿な。この俺はユダだったんだ。主であるイエス様を裏切った裏切り者だ。天国なんぞ行けるわけがない。
一瞬イエス様にお会いできるかもとおこがましい望みを抱いてしまった自分が情けない。
もう二度とあの優しいお顔を拝むことなど叶わない。それだけの罪を俺は犯してしまったのだ。
ああ、もう死んでるんだっけ。
じわりと涙が滲んで思わず手で乱雑に拭う。
軽く二メートルはあろうかという身長、整った顔立ち。人とは思えないほどの神々しさ、そして背中に生えている大きな二対の翼。
間違いなく人間ではない。
それも無理はない。まだ俺がユダとして生きていた時には天使が現れたとなったらその場にいる全員一人残らず地に頭を擦り付けて拝むのが当たり前で、そうしなければ神に対する不敬とみなされ即座に神の裁きが下ってもおかしくない状況だ。
しかも天使が現れたことなどは実際にはほとんどなく、そんな話があっても大体は酔っぱらいの戯れ言か注目を浴びたいペテン師が流した噂だったりした。
最も俺はイエス様という生きる奇跡を目の当たりにしていたから当然天使に会ったことはユダの時にもなかったが。
ていうかやっぱり即刻地獄送りなんだ。天界は現代文化に合わせて対応パターンを更新してないのかな。
裏切り者なんだ。
それはそうとこの天使はなぜ俺の前に現れたのだろう。だって俺はユダだ。
主イエス様を裏切った裏切り者。地獄ハデスに送られて当然の穢れた魂だ。
もし魂を導くために現れたのなら天使ではなく悪魔が現れるんじゃないか?
そう問いかけると俺の疑問を天使は初めからわかっているというように微笑んだ。
再び新しい人生を与えられたのに、またしても自分を殺そうとした。普通ならば決して許される罪ではありません。
一つはキリストを裏切り祭司どもに銀貨20枚で売ったこと。
もう一つは自分のしたことを後悔して自殺したこと。これは自分を殺した『殺人』と判断される。
そしてつい先ほどやったこと。
そう。矢田誠実としての人生を終わらせたことだ。
なんで?
だっておかしいだろう。キリストに対して悪いことしかしなかった俺が許されるかもしれないなんて!
しかも、またイエス様にお仕えできるかもだって?
またあの御方の傍に居れるっていうのか!?
ユダとしての記憶は途切れ途切れでキリストを裏切った理由とか、裏切る前になにがあったのとか、肝心なところは何も思い出せないけれどこれだけは分かる。
俺は、ユダ・イスカリオテはイエス・キリストを深く尊敬し愛していたってことを。
俺が再びイエス様にお仕えすることをイエス様ご自身が望んでいる。動機はそれだけで充分だ。
まあ、知らない土地に行くのが不安なのは分かりますがこれもイエス様の弟子ならみんなが通った道。
「元」十二使徒のあなたもきっと成し遂げられるでしょう…………。
それはそうと天使の言うように今の時代、火星に行くことは不可能ではない。
150年前に始まった『火星地球化計画』はある民間企業が初の有人ロケットを飛ばすことに成功しそれにNASAが追いつく形で計画を続行、その後資金難や数々の問題を乗り越えて着実に計画を進めていった。
2180年現在は六つの巨大ドームが建ちそこの住人は地球での国籍ではなく「火星自由国民」として生活している。企業進出の規制が緩和されたため今年から地球の様々な企業が火星進出しているとニュースで見た気がする。
それでも火星に誰でも気軽に行けるわけではない。
火星に行くにはまず火星自由国の許可が必要だ。健康診断やら学歴職業など細かく質問されて予防注射もいくつかしなくてはならない。あと宇宙船のチケットも高額だ。
ただの学生にとっては不可能と言っていい条件だった。