１
文字数 2,139文字
逆さ虹の森は、ひんやりとした緑の匂いに包まれています。
なぜ「逆さ虹の森」と呼ばれているかというと、むかしむかし、この森にりっぱな逆さまの虹がかかったからなのだそうです。
森のなかには不思議な場所がいくつかあるのですが……あ、むこうからリスくんがやってきますよ。ちょうどよかった、リスくんについて行ってみましょう。
リスくんは、不思議な場所のひとつである「どんぐり池」の番人なのです。
番人なんていうとこわそうですけど、リスくんがこの池の番人をしているのは、強いからとか、見た目が恐ろしいからというりゆうではありません。
それどころかリスくんは、小さくてかわいらしいすがたをしています。
性格も、のんびりしています。そうですね、ほんのちょっといたずらが好きなくらいです。
ではなぜリスくんがこの池の番人をしているのかというと、この池は「どんぐりを投げ込みながらねがいごとをすると、かなう」という、不思議な池だからなのです。
なにしろリスくんはどんぐり探しの名人ですからね。
秋になるとリスくんは、たくさんのどんぐりを拾い集めます。
そして、おねがいごとをするためにこの池をおとずれたお客さまに、どんぐりをわけてあげるのです。
ね？ これは、リスくんでなければできないお仕事でしょう？
あ、リスくんが、どんぐり池に到着しましたよ。
深い緑の森のなか、このどんぐり池のある場所だけは、明るいおひさまが届くのです。
リスくんは、朝の光を浴びて大きく深呼吸をすると、池のまわりのお掃除をはじめます。リスくんの、朝のお仕事です。
えっさっさ ほいさっさ
きょうもおそうじ がんばるぞ
こっちのはっぱを ほいさっさ
あっちのかれえだ えっさっさ
なんて、調子はずれの歌を口ずさんでいます。
リスくんは、池のほとりのちっちゃな小屋に立てかけてある、ほうきとちりとりを取ろうとしました。
「あれ？」
リスくんは、耳をひくひくさせました。小屋の中から「ぐがおぅ、ぐがおぅ」という、きみょうな物音が聞こえてきたからです。
「なんだろう？ もう、お客さんが来たのかな？」
小屋といっても、雨よけていどのもので、池に面した方向には壁もありませんし、床だってありません。
こっそりのぞき込むと、小屋の中では、だれかが横になって寝ているみたいです。あの「ぐがおぅ、ぐがおぅ」という物音は、いびきだったのです。
「うわぁ」
リスくんは、思わずかんしんして、声を上げました。
小屋の中で眠っている、灰色のふかふか毛並みのかたまりが、とっても大きかったからです。
「だ……だれだろう？」
そうっと近づいてみましたが、いままで見たことのないお客さまです。
「くまさんよりは、ちょっと小さいかもしれないな」
そう言って、眠っているお客さまの顔を見てみました。
「ぐがおうぅぅ！」
灰色のお口がぐわっと開いたものですから、リスくんはびくっと飛び上がると、毛を逆立てて、ぴょん！ ととびのきました。
ちらりと見えた牙が、ものすごく大きくて尖っていたので、リスくんはちょっぴり怖かったのです。
「も……もう、びっくりさせないでよ！」
リスくんは胸に手を当てて、大きく息をすったりはいたりしました。
どうやらおおきないびきだったみたいです。灰色の生き物は、まだ眠っているようでした。
リスくんは「そうだ！」とつぶやくと、小屋の壁にかけてあった、落ち葉の布団を手に取り、灰色のお客さまにそうっと近づきました。
この落ち葉の布団は、冬の間にリスくんがこしらえたものです。夏の間に日を浴びた、池のほとりの木々の落ち葉で作った布団は、とっても温かいのです。
この「逆さ虹の森のどんぐりの池」のうわさは、向こうの向こうの山にまで伝わっているらしく、遠くからやってくるお客さまもいます。そういうお客さまはこの小屋で一泊していくこともあるものですから、リスくんは、布団だってちゃんと用意しているのです。
ふぁさり。
布団が優しい音を立てます。
きっとあたたかくなったからでしょう。灰色のお客さまのいびきも、少しおとなしくなりました。まゆげの間によっていたシワも、なくなりましたよ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です）
