第2話 太陽

文字数 952文字

 ある晩のこと。彼の元に届いたFAXの中に珍しいものがあった。PCが急速に普及し、メールがようやく万人のものとなり始めた2000年代はじめの頃、FAXはビジネスシーンでまだまだ現役だった。そう、今以上に。

 英語で書かれたそのFAXは、アフリカ大陸の某国からのものだった。いかめしい、立派なエンブレムの画像が添えられている。イギリスの貴族の紋章の様に、盾の中に動物や模様があしらわれていた。彼は興味をひかれて内容をあらためた。
 そのFAXは、某国の農業・漁業組合からのもので、畑や漁場の区画を買って投資し、支援をしないかという話だった。彼はこれだ!と思った。男の当時の仕事は、海外からの雑貨や商品を仕入れる、いわばバイヤーである。専門は雑貨や美術品、装飾などで、今までその主な仕事先はアメリカの都市部だった。アフリカのことも全く知らなければ、農業や漁業の専門でもないし知識もないが、かねてよりチャリティをしたいと思いながらも出来ずにいたので、偶然やってきたこれは、縁のあるうってつけの話に思えた。FAXによれば、この事業で現地の人には雇用を生み出すことができるし、出資者は現地の仕事ぶりをいつでも見学に行けると書いてある。

 男は、燦々と降り注ぐアフリカの強い日差しの中で、養殖の魚の生簀の縁に立ち、白い歯を見せて笑う労働者の姿を夢想した。麦わら帽子が日光に透ける。あまりに日差しが強いので、その顔は逆光でよく見えない。
 子供達ももうすぐ2人とも小学生だし、一緒に見学させてやりたい。現地で働く異国の人々の姿は勉強になるだろうし、父として出資していることを誇りたい。ちょうど子供達にもそろそろ経済的なことを教えてやりたいと思っていた。

 男は発展途上国とのビジネスには抵抗がなかった。南米や中国、フランスなどの治安の悪い地域も一人で旅したことがある。だが幸いにして、その迫力のある容姿と堂々たる振る舞いのおかげか、運がよかったためか、トラブルらしいトラブルに巻き込まれたことはなかった。その成功経験が却って、彼の目を曇らせたのだ。男は発展途上国の人々はそんなに恐ろしい人々ではない、むしろ恐れや警戒心をもつのは彼らへの偏見であり悪であるとさえ思っていた。
 なあに、今まで大丈夫だったんだ、今回のだって大丈夫さ。
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