文字数 1,323文字

「1か月、検査につぐ検査、お疲れさまでした」

男はにっこりと、しかし後頭部に手をあてたまま答える。

「いえ、楽しかったです。それで原因はわかりましたか?」
「それが、残念ながら現代医学では解明できそうにありません」
「残念です」
「最後にこれを試してみましょう」

点滴をする総合内科医。
ぽたぽたと落ちる輸液を調整しながら、男に問いかける。

「さいとうさん、ほんとは頭痛なんてないんでしょ?
 徹底的に検査をして原因は見つけられなかった。
 そろそろタネ明かしをしてくださいよ」

男は総合内科医を見やってから語りはじめた。

「頭痛があるかないか、もう私自身もわからない。
 何か所もまわって同じことをしてきた。」

男は後頭部にあてていた手を離し、額にあてた。
声は少しずつ小さくなっていく。

「私はね、検査を受けたいんですよ。できるなら永遠に。
 でも症状がなければ検査はしてもらえない。
 何度目かで頭痛がいちばん検査数が多いってわかったんだ。
 そこからは頭痛だね」
「なるほどそうでしたか」
「……先生、ちょっと気分が」
「では点滴を遅くしましょう」
「先生、なんか」
「さいとうさん、どうしました?」
「なんかおかしい」

男は点滴バッグを見上げると、腕に刺さっている針を引き抜いた。
ぶら下がった針から輸液のしずくが床に落ちる。
総合内科医は輸液を止めると、椅子に座りなおし、朦朧としている男に正対した。

「さいとうさん、この点滴は実は私が特別に調合したものなんです。
 脳内分泌物と特異的に結合して、脳内の血管の内壁をはがしていきます、速やかに。
 でも心配しないでください、死なない程度に適量にしてあります。
 徹底的な検査で、さいとうさんのことはすべてわかっていますから。
 さいとうさんには内緒でゲノム情報も読みだしました。
 あなたはきわめて健康体のはずだ、遺伝的にはひどい頭痛なんて起こるわけがない。
 どういう体質なのかもわかっていますからね。
 いやそれにしても医学の進歩は限りがない、すごいですよ」

男はなんとか声を絞り出す。

「なんだおまえは」

「すいません、少し脱線しましたね。
 それで、さいとうさんには小さい脳動脈瘤ができます。
 血管の一部が血圧で膨らんでコブになるんですよ。
 いまクラクラしてるでしょう?
 脳動脈瘤のおかげで軽い貧血になってるんですよ」

総合内科医は立ち上がって男の頭を両手でつかみ、前後左右に強く揺らし始めた。

「ちょっと、やめてくれ」

しかし総合内科医は、男が小さく呻くまでやめなかった。

「よし!どうです?頭痛がしてきましたか?」

男はなんどか頷いた。

「そうでしょう、そうでしょう。
 動脈瘤のいくつかが破裂して、クモ膜下出血を起こしてるんです。
 痛いでしょう?
 それがほんものの頭痛ですよ。
 原因は、まだ検査していないので確定ではありませんが、クモ膜下出血です。
 こんどこそ頭痛の原因がわかりました」

男は小さい声を絞りだした。

「助けてくれ」
「いえ」
「え? 頼む、助けてくれ」
「いいえ」
「あんたは医者じゃないのか、医者は病人を助けるためにいるはずだ」

総合内科医は答えず、立ち上がって男の車いすを押して診察室の外にでると、いまにも診察室に
入るかのように位置を調整してから、放置した。
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