2.金庫破り
文字数 2,997文字
そもそもその知り合いは成金趣味がひどい男でね。
風呂上がりはハイブランドのバスローブを身にまとい、大きなグラスにバカラのボトルに入ったコニャックをわずかばかり注ぎ、プレミアムシガーをくゆらせ、傍らに猫を侍らせている。
そう、まさに侍らせている。
エジプトの壁画に描かれているような背筋の伸びた黒猫で、きっとそいつも由緒正しい血統書がついた高い猫なんだろうけど、鈍い色に光る目がさ、不気味なんだよ。
光の加減なのか片方の目だけが金色っぽい赤に見えて。
だったりしてな。
だが相手が猫と老人とあって、泥棒は落ち着いたもんだった。
家主の方は灯りを付けた途端に書斎に誰かがいるもんだから驚いた。
でも、視力が弱いのか、誰だかわからず、初めは家の者だとでも思ったらしい
そうだろうね。
まさか泥棒とは思わなかったようだが、聞き覚えのない声で金庫を開けるように命じられて、部屋の中の方に入ってきた。
そしたらデスクの上に置いてあったメガネをかけて、泥棒をまじまじと眺めたんだよ。
ああ。そんな家主に遭遇したことはなかったね。
まぁ、そんなことでひるんでいられないから、開錠方法を教えろと脅したんだ。
その金庫にはダイヤルも鍵も付いていなかった。
昔ながらの金庫ならなんとかなっただろうに、なにかを読み取るようなプレートがついているだけだったんだ。
そうだよ。憎らしいほどに金は持っている。
だから、愛人を認証に使ってるんだろ、ここに呼び出せっていったら、嫁のほうがわめきだして。
あなた愛人がいるの?どういうつもりなの。だいたいあなたは見栄ばかりなんだから、早く金庫開けて中身をくれてやんなさいよって。
そうこうしているうちに、家人の誰かがセキュリティー会社へ異常を知らせていたのか、外が騒がしくなって、退散していったというわけ。
猫の目か――。
ああそうだ言い忘れていた。
侍っていた猫の首根っこを捕まえて同じように肉球を押しつけたり、あの変わった色の目をかざしてみたり、ちょっと腹をつまんで鳴かせてみたり、いろいろ試してみたがダメだったんだ。