第2話 フレンドレベル:友達

文字数 7,380文字

レックウザとの戦いを終えて家に戻ると、公園でフレンドになった「reimoon333」さんから早速「ギフト」が送られてきた。

ギフトとはポケストップを回すと貰えるアイテムで、1日1回フレンドに送ることができる。
送られたギフトを開けると、中からボールや回復の薬、特別なポケモンが生まれる黄色いタマゴなどが貰える。
タマゴを孵化するためには、「孵化装置」と呼ばれるアイテムにタマゴをいれる。
それぞれのタマゴの色によって2キロから10キロ歩くとポケモンが孵化するという仕組みだ。
ポケモンGOは実際に外に出向いてポケモンを捕まえたり、たくさん歩いて健康的になるように考えられたゲーム。
そしてフレンド機能のように、知り合いを作りやすくするようなコミュニケーションツール的な側面もある。
SNS時代のスマホの特性をよく考え抜かれたゲームなのだ。

「reimoon333」さんのことを、僕は心の中で「レイさん」と呼ぶことにした。
レイさんは律義にも毎朝7時半ちょうどにギフトを送ってきてくれる。
多分レイさんの生活のリズムの中で、ほどよい時間なのだろう。
僕は初めてのフレンドのレイさんから送られてくるギフトを毎朝楽しみにしていた。
ギフトにはギフトを取得したポケストップの写真が添えられてくる。
僕が送る金沢駅周辺で取得したギフトには、金沢駅周辺の写真がレイさんに送られる。
金沢駅の玄関にそびえる鼓門や、金沢駅内にあるC58というSLの車輪や、郵太郎という人形が乗った名物ポスト、駅前の広場にある「やかん」のオブジェクトなど。
あとは僕の生活圏内で取得できるギフトが中心で、あまりバリエーションは多くない。

それに比べ、レイさんから送られてくるギフトは色々な場所の写真が添えられている。
金沢市内は元より、石川県の能登地方や加賀地方の写真。
時には東京や大阪や福岡の写真。
それもちょっと愉快な変わった写真が多い。
変なオブジェや、怪しげな看板など。
毎日どんなギフトが送られてくるのかな、と楽しみになる。
きっとレイさんは営業職かなにかで、出張の機会が多いのかな。
僕も負けじと、たまにクライアントとの打ち合わせで県外に行った場合は、そこで面白いギフトが取得できるよう頑張ってしまう。
送るギフトは最大10個までストックできるので、何の変哲もない写真のギフトは捨てて、気に入った写真のギフトをストックすることができるのだ。

そう思って街を見回すと、意外に面白い光景が転がっているものだ。
ジムは大きな公園や寺院、郵便局やポケモンGOのスポンサーのマクドナルドやイオンなど、人がある程度集まれそうな場所が中心。
アイテムを取得するためのポケストップはもう少し敷居が低くて、大きなそろばんの看板や、墓石販売の店先にある某ネコ型ロボットに似せた怪しい石像など、ちょっと変わった光景がポケストップに設定されていることが多い。
レイさんのギフトが多岐にわたっているのは、あの細身の赤い自転車があるからかもしれない。
僕のように設計事務所内での設計作業が中心で、通勤もバスだと家と職場の往復の毎日だが、自転車ならば金沢市内をあちこち道草しながら通勤できるかもしれない。
家から職場まで約8キロ。ちょっと距離があって帰宅時はきつい登り道もあるが、通えない距離じゃないかも。
そう思うと居てもたっても居られなくなった。

通勤時に毎朝前を通っている、近江町市場の近くにある白い建屋のおしゃれなバイクショップに勇気を出して入ってみた。
今まで買った自転車はホームセンターばかりで、自転車専門店に入るのは初めてだ。
親切な店員さんに初めてである旨を伝えて、説明してもらう。
細身の自転車は、クロスバイクと呼ばれる街載り用のものと、ロードバイクという本格的な競技にも使えるものに分かれる。
初心者の僕から見ると、ハンドルがまっすぐなのがクロスバイク、前に向かってハンドルがくるりと曲がっている、競輪選手が使うような車体がロードバイクとしか区別はできない。
そうなるとレイさんの乗っていたのはクロスバイクだ。
通勤用にと考えているので、ロードバイクはオーバースペックそう。
そして価格もロードバイクは明らかにオーバーだった。
クロスバイクの金額は安いもので5,6万円。
ロードバイクは10万円ぐらいから、高いものは中型バイクが買えそうな値段のものまで展示されている。
ママチャリの感覚で、なんとなく3万円ぐらいかな、と思っていた身には5万円でも立派な値段だ。
少し躊躇したが、懐には所長が頑張って出してくれたボーナスもある。
思い切って「GIANT」というメーカーの緑色のクロスバイクを購入した。
オーシャングリーンと呼ばれる独特の緑色が気に入った。
クロスバイクに標準では付属されていない、ライトやキックスタンド、鍵などのオプションを諸々買って合計7万円。
お金を払った瞬間は、僕に乗りこなせるのかと不安になった。

しかしお店で調整してもらったクロスバイクで、帰り道を走り進めた瞬間それは杞憂になった。
なんだこれ!?スイスイ進む!気持ちいい!
自分が風になったような爽快感がある。
今までの普通の自転車がスキー靴や重たい長靴だとすると、それらを脱ぎ捨ててランニングシューズに履き替えたような気持ちよさ。
自転車の重量が軽く、細く空気圧の高いタイヤが合わさるとここまで違うのか!
しばし感動に包まれて、時間も忘れ意味もなく犀川沿いの道を走りまくった。
それからは通勤を初め、図書館などどこに行くにも一人の時はすべてクロスバイクでの移動に変えた。
運動のおかげでベルトの穴も一つ縮まり、二つ縮まり、中年太りになりかけだった緩んだ体も少しは引き締まってきた。

そしてポケモンGOのプレイスタイルも大きく変わった。
先ずは朝の通勤が楽しみになった。
家を出る前にポケモンGOを立ち上げて、コイン目当てに自分のポケモンが置けそうなジムがないかを探る。
ポケモンGOには赤・青・黄色のチーム分けがあり、僕は赤色チームに所属している。
ジムに置けるポケモンは自分と同じ色のジムである必要がある。
異なる色のジムは置かれたポケモン達をバトルで倒すことにより、ジムを自分の所属するチームの色に変えることができるのだ。
一つのジムには最大6体までポケモンを置くことができる。
僕の家の近くは赤色ジムや黄色ジムが多いが、金沢の中心に向かうほど、青色のジムの勢力下にあるなど地域性もある。
朝だと郊外であれば大抵どこか一つぐらいの赤色ジムに、ポケモンを置くことができた。

毎朝色んなジムに目掛けて家を出るので、自然と毎日違う道を通ることになった。
複数のジムにポケモンが置けそうな日は、戦略的に道順を考えながら通勤する。
そして色んな道を通ることにより、地元にいても気づかなかった隠れスポットを沢山知ることができた。
またポケストップには、詳しい由来の説明が書かれていることもあって、時間のある時に読んでみると街の歴史にも詳しくなる。
能動的にただ運ばれるだけだった通勤が、主体的に変わり、雨じゃない日はクロスバイクでの通勤が楽しみになった。

買う前に懸念していた帰宅時の登り坂も、ギヤを一番軽くして登れば苦も無く登りきることができた。
やっぱり車体の軽さが効いている。
クロスバイクも値段が高ければ高いほどカーボンなどの高級素材が用いられ、より車体が軽くなるが僕にはこれでも十分すぎるほどだ。
もっと早く買えばよかったと、後悔したぐらい。

仕事帰りのポケモンGOは今までは金沢駅周辺でたまにレイドバトルをするだけだったが、行動範囲が広がったことにより一気に選択肢が増えた。
朝と同様色んなルートを毎日模索しながら帰宅する。
早く帰れる日は少し遠出し、「ポケモンの巣」と呼ばれる特定のポケモンがたくさん現れる公園などで、欲しいポケモンをゲットすることも楽しみの一つに加わった。

晴れた週末、家の近くのジムにクロスバイクで向かい、レイドバトルが始まる時間を待っているとレイさんも赤いクロスバイクでやってきた。
僕の傍らのクロスバイクを見かけると、「クロスバイク買ったのね」と声をかけてくれた。
「そうなんです。色がかっこよくて思わず買っちゃいました。」
「街乗り中心?」
僕とクロスバイクを交互に見て、レイさんが言った。
「そうです。主に通勤に使っています」
「街乗りにしては、ちょっとサドルが高いかもね」
などと話しているうちにレイドバトルが始まった。

人も程よく集まって、難なくモンスターを倒してゲットできた。
「ちょっとバイクにまたがってみて」
レイさんの言葉に頷いて、クロスバイクに跨ってみる。
つま先がギリギリに届くようなサドル位置だ。
「やっぱり少し高いわね」
バイクを降りる。
「通勤中心ならもう少しサドル位置を低くした方がいいかも。サドルの下のレバーを開いて、2センチほど下げてみたら」
僕は言われた通り、初めてサドル下のレバーを手前に引いてみた。
サドルと繋がるパイプの位置を少しだけ下げて、レバーを元の位置に戻してバイクに跨る。
「本当だ。前より足がしっかり地面ついて、停まっているとき安定します」
「そうでしょ。サドルが高いと長距離のサイクリングの際は快適だけど、信号待ちが多い街中だと大変かなと思って」
「そうなんです。縁石とか足を乗せるところがないと辛くて」
「クロスバイクは色々調整して自分の使い方にあったようにすると快適になるわよ」
「そうなんですね」
「あとはスーツで乗るのなら、後輪にも泥除けフェンダーがあってもよいかも」
「なるほど。スーツはほとんど着ないのですが、確かに雨上がりの道を走ると、いつもリュックが汚れるなと思って」
そう言われてみると、レイさんの赤いクロスバイクの後輪にも泥除けが付いている。
「本格的なツーリングやレースが目的だとできるだけ車体を軽くするのがいいけどね」
「僕は初めてクロスバイクに乗ったのですが、今でもめっちゃ軽くて快適に乗っています」
「普通の自転車と全然違うでしょ」
「はい」
僕は素直に頷いた。

「あっ、それと毎日ギフトありがとうございます!」
「私にも毎日に送ってくれてありがとう」
「いつも色んな種類のギフト送って貰っていますが、色んなところに行っているのですか」
「んー、出張も多いけど、プラス使っていると勝手に面白いポケストップのギフトを拾ってくれるのよ」
「プラスって?」
そういうとレイさんは、指先が出たサイクリンググローブを左手から外した。
白く細長い指に嵌められていたのは輝く指輪、ではなく黒いプラスティック製の輪っかだ。
輪っかの先にポケモンを取得するためのモンスターボールを、小さくしたおもちゃの様なものが付いていた。
「これがあると、自転車に乗っていてもポケモンやポケストップをボタンを押すだけで自動で取ってくれるの」
「それは便利ですね」
「色違いのポケモンも結構拾ってくれるの」
「本当ですか!」
普通の街中で現れる野生のポケモンの中で、通常400体か500体に1体しか現れないのが「色違い」のポケモン。
遭遇できる可能性は1パーセント未満だ。僕はほとんど持っていない。
「プラスを使うとボールの消耗が激しくて、補充が大変だけどね」

ちょうどポケモンが現れたらしく、レイさんの手の中で、プラスの中心の丸いボタンが緑色に点滅した。
レイさんがそのボタンを押すと、ブー、ブー、ブーと三回プラスが振動し、複数の虹色のような光で点滅した。
「緑色の点滅だとポケモンが現れた合図。虹色の点滅でゲット、失敗すると赤で点滅」
続けて今後はプラスの中心のボタンが青色に点滅する。
「青色はポケストップね」
ボタンを押すと、こんども同様に虹色に点滅した。
レイさんはスマホのポケモンGOの画面を見せてくれた。
画面の右上には取得したアイテムが表示されていた。
「ポケストップを手で回したと同じことがプラスでできるんですね」
「そう。毎回自転車を降りて、スマホを取り出して、っていうことをしなくてもいいので便利よ」
「ありがとうございます!」
「それじゃ、またね」
レイさんはBianchiと書かれた赤いクロスバイクに跨って、風のように去っていった。

早速僕はスマホでプラスを注文した。
プラスの正式名はPokemon GO Plus。
その足で自分のクロスバイクを買ったバイクショップに行き、後輪のフェンダーとグローブを買ってきた。
クロスバイクを自分好みにカスタマイズするのは、昔熱中したガンダムのプラモデルを自分の好きなように改造するようで楽しい。
チェーンにオイルを塗るなど、メンテナンスも少しづつ覚えてきて、クロスバイクをより快適に使いこなせるようになってきた。

クロスバイクを買ったことにより、生活スタイルもポケモンGOのプレイスタイルも大きく変わった。
そしてレイさんに教えてもらってプラスを買ったことにより、ポケモンGOのレベルの上がり方が飛躍的に向上した。
今まで平日のポケモンの取得は、通勤時の金沢駅周辺と帰宅時を合わせても毎日多くて30匹ぐらいの数だった。
それが通勤の片道だけでもグローブの中でプラスをポチポチ押すことにより、50匹近いポケモンが取得できる。
ボールがすぐ無くなってしまうが、そこは金沢駅の大量にあるジムやポケストップを回すことにより補充する。
毎日100匹以上のポケモンが簡単にゲットできるようになっていた。

今まで遅々として進まなかったレベルがあっという間に32まで上がった。
レベルが上がるとポケモンをより強く育成できるようになり、レイドバトルでモンスターを倒しやすくなるのだ。
ここから先のレベルアップはかなり大変だけど、このペースなら引き続き上がっていくだろう。
レイさんのレベル39にはまだまだ遠いが、少ない人数でレイドを戦う時など、戦力になれるようになってきた。
今は晩酌しながら今日取得したポケモンを整理や強化をしている。
プラスを買ってからこのポケモンの整理の時間の楽しさが倍増した。
思わぬポケモンがプラスで勝手に取れていることが度々あるのだ。
「おっ、色違いのジグザグマだ!」
思わず声が出る、狸のようなポケモンがいつもの色と違ってオレンジ色に輝いている。
嬉しい!
ポケモンGOではプレイヤーと一緒に歩くポケモンという設定で「相棒ポケモン」を1体だけ指定する。
相棒ポケモンは一緒に歩けば歩くほど、距離に合わせてポケモンの飴を貰うことができる。
ポケモンの飴は、ポケモンを強化したり、さらなる姿に進化するために必要なアイテムだ。
また相棒ポケモンはフレンドの人が見ることができるようになっており、珍しいポケモンを相棒ポケモンにしてみんなに「自慢」することにも使える。
レイさんもよく色違いの珍しいポケモンを相棒にして僕を羨ましがらせている。
今日は僕が色違いのジグザグマを自慢ポケモンとして相棒に設定してみた。
大人げない気もするが、シナリオのような明確なゴールがないポケモンGOでは、こういったことが楽しみの一つと思っている。
自慢したり、羨ましがったり、遭遇したアクシデントを思わず誰かに語りたくなるゲームであることを、レイさんとフレンドになってから気づいた気がする。
一人でプレイしているときは、ここまで楽しいとは感じなかった。

毎日欠かさずにレイさんとのギフトのやり取りを続けた結果、フレンドレベルも「親友」に昇格した。
ポケモンGOの世界でフレンドにギフトを送ったり、レイドバトルを一緒に戦ったりすると「仲良し度」が1日1回をMAXとしてアップする。
そして日数に応じてフレンドレベルが上がるのだ。
フレンドレベルは最初は「知り合い」で、仲良し度が1日過ぎると「友達」。
7日の達成で「仲良し」。30日の達成で「親友」。最後は90日の達成で「大親友」となる。
レイさんとフレンドになってからもう1か月近く経っていた。
フレンドレベルが上がると、一緒にレイドバトルする際にお互いの攻撃力がアップするなど、共闘時に有利になったり、いろいろできることが増える。

ある朝、起きてポケモンGOを開くと、EXレイドパスが送られてきた。
「EXレイド」というのは特定の大きなジムで行われるレイドバトルに勝つと、抽選で送られてくる特別なレイドだ。
EXレイドに勝てば、普段は出現しないスペシャルなポケモンを入手することができる。
招待券となるEXレイドパスには、レイドバトルが開催される日時と場所が記載されている。
今回届いたのは家から少し離れた小さめの公園だ。
EXレイドパスはフレンドレベルが「親友」の条件を満たせば、フレンドにEXレイドパスを転送して、EXレイドバトルに招待することもできる。
僕のフレンドはレイさん一人だけなので、試しに送ってみると無事招待することができた。
これで来週の土曜日にレイさんに会えるかもしれない。
プラスを紹介してもらって以降は、レイさんの姿は見ていない。
本名も住所も職業も知らなくて、ポケモンGOの世界の中でしかフレンドでしかないけれど、プラスを教えてくれたお礼を言いたいな、と思っている。

ポケモンGOは現実世界と大きくリンクしている。
実際の天気が雨であればポケモンGOの世界の中でも雨が降り、水タイプのポケモン達が多く現れる。
どんなに行きたいEXレイドに当選しても、招待された日が仕事だったり、用事があれば後ろ髪惹かれる思いでキャンセルしなければならない。
そんなもどかしさや悲喜こもごもも含めて、ポケモンGOの魅力だ。
レイさん、と僕が勝手にそう呼んでいるだけで、もしかすると全然違う名前かもしれないけど、単調だった僕の日常がポケモンGOやクロスバイクのおかげで楽しく変わったのは事実だ。
僕はレイさんと会えるとは限らないけど、EXレイドが開催される次の土曜日を指折り数えた。
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登場人物紹介

naopokemon50

ナオ。石川県金沢市出身。

金澤町家の設計士。読書好きのインドア派。

レベル18よりポケモンGOを再開。

reimoon333

レイ。石川県珠洲市出身。

金沢の街を赤いクロスバイクで駆け巡り、ポケモンGOもプレイする。

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