第3話 信長という男

文字数 2,377文字

 夢太郎が連れてこられた場所は明るい部屋の中だった。映画などで見る豪華な城の中ではなく、さっぱりとした部屋だが何もない部屋である。しかし、何故か居心地がよい。

 夢太郎は恐る恐るその部屋の中央に座っている人物を見た。その部屋の中ではきちんと足を組み、胡座(あぐら)で座っている人が見えたのだが、何故かその人物から発する金色のような光が眩しく感じるのである。

 後で気が付いたのだが、それはオーラのようなもので偉大な人ほどそれが眩しいほど明るく暖かく、それを見て感じただけで幸せな気分になるようだ。夢太郎にはそれが太陽の暖かさに似ていると思った。
 今そこには、その人以外には誰もいなかった。夢太郎がキョロキョロしていると、その人物が何か物を言った。

「これこれ、夢太郎殿とやら、まずはこちらに参られよ」
 その声は大きく、割れるような声だが、しかし威圧するようでなくハッキリと心地よい。
「は、はい!」

 夢太郎はその声に引かれるように、その部屋の中に進み出て彼の顔が見えるところに来た。
「よう参られたのう、夢太郎殿、も少しこちらへ、気兼ねなどすることないわ」
 そう言いながら彼は機嫌良く笑うのである。
 その時夢太郎ははっきりとその人物を見た、確かに織田信長と言うに相応しい感じがする。しかし、夢太郎が良く雑誌などの写真で見るイメージと違っていた。彼のイメージとは面長で鼻が長くすらっとしており、目が細く、薄い髭を生やし、厳しく威圧するような人物を想像したからである。
 だが今の彼はどちらかというと穏やかな好々爺(こうこうや)という感じなのである。しかし、その顔は自分が思い描いたイメージとは違い凛とした中でも優しいのである。そして、その目はあの時代を駆け抜けた風雲児とは思えない穏やかな目をしている。
 夢太郎は恐る恐る口を開いた。

「あの、貴方は織田信長様ですか?」
「そうじゃ、わしは織田信長である」
「そうですか、それでその信長様が何故私などを?」
「呼んだというのかな?」
「はい、そうです、もっと私以上にそう言う人がいると思うのですが」
 信長と言われた男はじっと夢太郎を見据えて言った。

「そうかもしれぬ、だがわしはな純粋に今の世の中を生きているそなたのような若者と直接に話がしたいと思ったのじゃ」
「はぁ、そうですか、でも信長様と私とでは生きている時代が違います、私の今生きていることを聞いてもお解りになるかどうか」
「ははは、そうかも知れぬ、でもな夢太郎殿、わしもこの世界にきてから色々な人物にあって話を聞いたし、理解もしたつもりだ、わしのことを知っているかな?」
「知っていると言いますと?」

「わしもあの当時、確か永禄一二年で三六歳の頃に、フロイスという宣教師が来てな」
「はい、おりましたね、そんな人が、確かポルトガルのイエスズ会の人でしたね」
「おお、そうだ、若いのに良く知っておるな、偉いぞ」
「はい、大学でよく学びましたから」

 ここで夢太郎は信長に誉められ、緊張していた気持がほぐれてくる気がしたのだ。
「それで、フロイスはその後インドで司祭となって日本に来たのだがな、その大学とは知識を学ぶところのようだな」
「はい、そうですね、私が通っているところです、私は専攻は日本史ですが……」
「そうか、それでわしはな、そのフロイスから色々な西洋の珍しい物を贈り物として献上されたが、黒のビロウドの帽子しか貰わなかったな」
「そうですか、何故です?」
「実は欲しかったのだが、精巧な小型の目覚まし時計を見せて貰い、壊れては直しようもないしな」
「はぁ、なるほど、さすが信長様、先まで読んでの合理性はさすがです」
「あはは、お前に誉められようとはな」
 そこで二人は顔を見合わせて笑った。

「信長様、お聞きしたいことがあります」
「なにかな、いってみろ、解ることなら答えようぞ」
「はい、有り難うございます、言いにくいことなのですが二つ三つほどあります」
「うん、それで?」
「言いにくいのですが、あの権力が絶大な信長様が何故、油断して明智光秀に本能寺で討たれたのでしょう、それがどうしても理解できません」
「おう、あれは思い出してもイヤな思い出だ、だが純粋な若者のそなたには教えよう」
「はい、有り難うございます」
「確かにわしも油断していた、天下がもう手に届きそうだという安堵と油断がわしの心の中のどこかにあったからな」
「はい」

「それに明智も周到に用意したのであろう、わしはあの禿頭にしてやられた、今にして思えば人とは奢ると先が見えなくなるものだ、夢太郎殿」
「はい、そうですね、私もそう思います」
「あやつの旗を見てわしは観念した、ひと暴れしてこの首を渡さん為に館を爆破したのだよ」
「はあ、それで信長様の首がないのですね」
「武士にとって首を相手のものに渡すわけにはまいらん」
 そこで信長は一点を見つめるように鋭い目をしていた、それを見た夢太郎は震えた。

「だが、そんな光秀も秀吉にすぐ滅ぼされたではないか」
「はい、確かに、そうですね、それで信長様がもしもっと生きていてやりたいことがあるとすればどういうことでしょうか?」
「そうだな、わしがあの戦国時代から抜け出て、新しい時代を早めたという自負がある」
「はい、そうですね」
「もっとやりたいことは色々あったが、その後秀吉、家康が後を継いでなんとか世の中を納めたではないか」

「そうですね、まあ、あれからも色々とありましたが」
「時代の先駆者とはそういうものぞ、夢太郎殿」
「はい、時代がそれを物語っていますね、それで私達が生きているのです」
「うむ、そうだ、賢いな、ところでわしは喉が渇いた、お主も茶でも飲むかな?」
「はい、頂きます! さっきから緊張して喉がカラカラです、信長様」
「うはは、素直でよろしい、気に入ったぞ夢太郎殿」
「はい、有り難うございます」そこで信長はポンと手を叩いたのである。



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