第5話 信長の心

文字数 2,431文字

 夢太郎は、目の前で上機嫌で話をしている日本の一時期を支配した織田信長というこの男を改めて見つめていた。どこをとっても、一部の油断もなく平然と構えている姿はまさに王に相応しいと思った。

「あの、信長様」
「おう、夢太郎殿、何かな?」
 信長は薄い口髭を触りながら機嫌がいい。
「はい、最後の質問ですが、宜しいでしょうか?」
「いいとも、何なりと答えようぞ」
「有り難うございます、実は信長様が神についてですが、どうお考えか興味がありまして」
「うむ、なかなか難しいところを突いてきたな、夢太郎殿」

「はい、信長様は元亀二年に、三八歳の頃ですが、比叡山を焼き討ちをして僧侶を含め三,四千の人を惨殺しましたよね、そしてその中には婦女子もいると聞きますが、それが容赦なく徹底的に抹殺していますよね、そして他にも多くの人々を殺しましたが、人とはどういうものか、又自分以外のモノを信じたことがあるのか、神の存在を信じるのか等、そういうことをお聞きしたいのです、それにはやむに止まれない理由があるとは思いますが、お聞かせ下さい」

 夢太郎は必死だった、この場でそんな質問をしたら、癇が強い彼を怒らせるかも知れない、又は場合によっては、そこにある立派な刀で切られるかも知れない、という恐怖はあった。
 それでも良いと思う一方で、その思いとは別に大人物の彼はそのようなことで怒る人物であって欲しくない、と彼は心の中で念じたのである。

「うむ、なかなか核心を突いておるな、夢太郎殿」
「はい、信長様は理由もなく、ただそう言う行為をしていたとは思えませんので、その本当のお心をお聞きしたいのです」
「あはは、解っておる、お主の額から脂汗が出ておるぞ、余程の覚悟であろうのう」
「はい、さすが信長様にはお見通しで」
「うむ、ではわしの本当の気持ちを貴殿に話してつかわそう」
「はい、ありがたき幸せ」
「おいおい、お主はもう侍の口調になっておるぞ、夢太郎殿」
 そういって信長は笑った。

 その夢太郎の額からは、信長が指摘したように脂汗が滲んでいた。

「まずわしは人が平和で暮らす為に、早く戦のない世にしたいと思っていたのだ、その為にまず自分の居城から初め、新しい試みとして独占的な市・座の特権を廃し、楽市楽座を設け、自由な世界を広めたと思っている。民が楽しく豊かになることを常に願っていたのだよ」

「はい、そうですね、それは今までにない新しい城下町の基礎になったのだと思います、それを聞くと信長様が人を愛したという気持がよく解ります」
「そうか、解ってくれたか」
 そこで信長はこの若者が、少しでも自分の気持ちを解ってくれることは嬉しかった。

「それで言いにくいことですが比叡山のことですが」

「おうそうだな、ではまず比叡山の焼き討ちはお主も知っていると思うが、やつらは僧侶という名前を借りて様々な狼藉(ろうぜき)をし、女を犯したり乱暴をしたりと様々な悪行を重ねたのじゃ、又仏法の修行よりも武術の研鑽等を励み、更にはわしと敵対する浅井・朝倉らと手を結び畿内平定を目指すわしに逆らうからなのだ」

「はい」
「それにわしの最後通告を無視し、高をくくっておった、それで彼等の一切を排除することにした、それには老若男女の区別無く殺した」
「何故、そこまでするのですか?」
「お主の今生きている時代と違って、わしの時代はいつ誰に反逆され、倒されるかも知れぬのだ」
「はぁ、そうですね」

「その為にはわしに刃向かう者は、たとえ女子供もわしは容赦しなかったのだ、その訳はな、その子孫達がいつか必ず蘇生し、その恨みをもって反逆にでるのが常じゃ、それは今までの歴史を見れば解るであろう、完璧主義のわしがそれを徹底したまでのことよ」

「はあ」
「それがその戦国の時代の、武将の生き様というモノだのだ、わしとて好きで人を危めているのではないのだ、夢太郎殿」

「そうですか、平氏に滅ぼされた源氏の生き残った遺児、例えば頼朝、義経の反逆で奢りを誇った平家が滅ぼされる、そういうことですよね、信長様」
「そうだ、諺に(蟻の一穴)という言葉がある、わかるかな」
「ええと、あの、小さな油断が蟻の小さな穴から崩壊するという教えですよね」

「そうだ、夢太郎殿、よく勉強しておるな、感心感心、それで武将という者はやたらな優しさや慈悲を必要以上に持っていると自分を滅ぼすことになるのじゃ」

「はい、わかりました、信長様は厳しい反面、優しさもお持ちだという逸話も聞いています」
「そうか、わしの行為を解る人間が少ない中で、そう理解してくれるとは有り難いことじゃ」
「いえ、何となくですが、それと先程の人と神についてもお聞きしたいのです」

「おお、そうだったな、わしは神は信じておらん、しかし他人が何を信じようと危害を加えなければそれを許した、伴天連(ばてれん)がその例じゃ、その見返りに西洋の技術は習得したがな」
「はい、鉄砲等もその見返りですよね」
「そうだ、そのお陰でわしの戦力は飛躍的に延びた、それで家康を引き入れ長篠で最強と言われた武田の騎馬軍団を一蹴したときは小気味よかったぞ」
「はい、それは有名な話で、よく映画などでそのシーンが出てきますが」
「なに? 映画とか、シーンとは何かな?」

「いえ、私達の世界のものですが、話が長くなりますので紙芝居のようなものですよ、信長様」
 夢太郎は頭を掻きながら、その説明をすると長くなると思ったのではぐらかした。

「それと、あの後で結構ですのでその家康さんと秀吉さんにも話を聞きたいのですが、信長様から少し紹介していただけないでしょうか」
「おお、良いとも、わしからの紹介状を書いてやろうのう」
「うわ、嬉しいです、有り難うございます」
「うむ、それで神についての質問だったな」
「あっ、そうです、そうです興奮して忘れていました」

 夢太郎は憧れの豊臣秀吉と、徳川家康の話が聞けると思い、有頂天になっていたのである。
 そこで信長の神にたいする思いを聞こうと、夢太郎は再びこの偉大なる大政治家を見据えた。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み