第6話 信長の神に対する気持ち

文字数 1,939文字

 夢太郎はいよいよ信長への質問の核心に入っていった。この世で、今でも人気のある戦国時代の代表的な武将である織田信長から神についての彼の考えを聞こうと思った。

 歴史を見れば彼が成し遂げた先を見越した偉業には、誰も初めは想像さえ出来なかったのである。それだけ、当時の人達は彼のすることなす事が唐突で良く理解できなかったからである。そして信長自身も家臣の言うことをまず聞かない、それほど自信の表れであり人に左右されるのが滅法嫌いな大自信家なのである。

 秀吉、家康達は、信長がその実績を造ったからこそ彼等はそれなりに、信長のその路線を彼等なりに工夫をしてそれを開化させたと言うことも言える。
 それはさておき、夢太郎は信長に質問をぶつけた。  

「あの、信長様の考えていることが、少し頭の鈍い私でも少し解ってきました」
「そうか、それは良かったのう」
「はい、それで先程も話が出たのですが、信長様は神様は信じないけれども、 信仰にすがる人達を非難はしないと言いましたよね」
「うむ、確かにそう言ったな、それで先程のそのことについて少し話してやろう」
「はい、有り難うございます」

「わしはな、神仏などと言うモノは信じない、わしが思うにはそういうモノを 信じるのは、心のよりどころとしてそういうモノにすがりたくなる気持があるからだ」

「はい」
「そういうモノ達をわしはどうこう言うつもりはない、民・百姓等の類は常に戦に 巻き込まれ、辛い思いをしているモノもおろう、その為の心の安らぎまで奪うつもりはないのじゃ」

「そうですね」
「そう言うモノ達が何かにすがりたくなるのであろう、しかしわしはな、夢太郎殿」
「はい、信長様」

「わしは生まれつきそういう弱い心を持っておらぬのだ、全て自分で切り開いてきた、どんなことがあろうと、若い頃からわしのことを(うつけ)等とわしを阿呆のように 決めつけた、お主も知っておろうのう」

「はい、知っています、信長様のお父さんの葬式で正装もしないでいきなり粗野な 姿で祭壇の前に現れ、抹香(まっこう)を掴んで投げつけて帰ったという有名な話がありますよね」
「そうじゃ、わしはそういう形式ばったことが大嫌いなのじゃ、特に僧侶等が偉そうに構えて念仏をしておる、そういうのはわしは好かん」
「はい」

 夢太郎は顔を赤らめ激高し始めた信長を見つめながら、ビクビクしていた、何か自分が怒られそうな気がしてきたからである。

「わしの前にも後ろにも神は存在しない、強いて言えばわしが【神】の生まれ変わりだと言うことだ、わし以上に強く頭のいい人間はいないのだからな」
「はい、凄い自信ですね」
「何?」
「いえいえ、独り言です」
 夢太郎はぎょろりとした信長の目をみて首をすくめていた。
「そのわしとて危ない橋を渡ったことは数知れぬ、しかしそれらを常に排除してきたのだ」
「はぁ」

 夢太郎は黙って信長を見つめた、彼の激高している中で、話を折るような発言がしにくい雰囲気だからである。
「それにはわしが神で或る証拠に全て何かがわしに味方をするのじゃ、それはわし自身が神だからこそ、そういう力が湧いてくるのじゃ、解るかな」
「はい、何となく」
「うむ、そしてわしはな、自らが神体であり、わしを礼拝しろ、と言わしめたのだ」

「はぁ、なるほど、信長様は天皇から、太政大臣か、関白、または将軍か、どちらにするか、という問いに対し、上洛してから答えようということで終わってますよね」

「うむ、そうだ、若いのによく解っておるな、その通りだ、しかしそれを答えぬまま終わったのが残念だがな」
 ここで、信長は最後の望みを果たせないまま終わったことを感じ、寂しそうな影を落としたのを夢太郎は見落とさなかった。
 一時期のこの日本国を我がものにし、後一歩というところでそれを出来なかったこの偉大なる政治家の心中を思うと切なくなる気がした。

「あの、何となくですが信長様のお考えが少しは理解できたと思います、有り難う御座いました、このような若造の私に」
「おう、そうかそろそろ時間になってきたようだな、またわしに合いたくなったらいつでも部下に言うが良い」
「はい、有り難うございます、あの先程の紹介状を……」
「おうそうだったな、待ちなさい書いてつかわそう」

 そう言って信長は傍らの机から和紙と筆を取りだした。そして慣れた手つきですらすらと、何やら紙に文字をしたためていた。よく見るとそこには漢字と仮名交じりの文字が達筆で書いてあった。
「このものは、わしの語りの友として認めたものだ、お主はこの若者の言うことを良く理解し話をして欲しい   のぶ」
としてあり、そこには信長の立派な花押(かおう)が押してあった。


 
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