序章 十七話 「決断の時」

文字数 1,213文字

少数民族のモツ族が生活していた村の様子は難民キャンプ以上に凄惨なことになっていた。村を占拠した政府軍は村人を暴行、虐殺し、家々に火をつけている。

「ひどいな……」

ジャングルの木々に身を隠して、目立たないように山を下山し、集落に北から接近した狗井は茂みの中から肉眼で村の様子を直接確認して呻いた。

いつ頃から暴虐が行われていたのかは分からないが、火をつけられた村のあちこちには腐敗した死体が転がり、ハエの苗床と化していた。集落の中央には生き残った村人達が集められ、政府軍兵士達による暴行を受けている。

「侵入するぞ。音をたてるな!」

偵察を終え、背後の部下達を振り返った狗井は装備したコルト・コマンドーを構えながら、茂みの中から身を出すと、村落に侵入した。東から集落に接近していたジョニー率いる別働隊も同じタイミングで村への侵入を開始した。

村人を巻き込まないため、激しい銃撃戦は避けるという当初の作戦通り、狗井達は行動した。政府軍は村の中央に集結しているため、集落の辺縁には少数の歩哨しかおらず、それらの兵士を銃を使わずにナイフとワイヤーで無力化しながら、村の中央へと向かった。

しかし、当初は予定通りに進んでいた隠密作戦だったが、潜入から十分後、狗井の率いるズビエ人兵士の一人が政府軍兵士に発見されてから、激しい銃撃戦が始まった。

「くそ……!こうなったら、仕方ない……。全員、全武装をもって交戦しろ!」

小銃や手榴弾だけでなく、ジープに搭載した重機関銃までも使用してくる政府軍に対し、後ろを振り返った狗井は部下の兵士達に叫んだ。

政府軍の暴行からは解放されたものの、激しい銃撃戦に巻き込まれた村人達が逃げ惑う村の中で、集落の中央に陣取る政府軍に対し、狗井とジョニーが率いる反政府勢力部隊は北と東から十字砲火の集中攻撃をかけた。





自分は彼を止めるべきではなかったのか……、狗井との別れ際に感じた嫌な予感に、幸哉が決断を悩まされていた時、麓の集落から激しい銃声の応酬が聞こえてきた。

(やっぱり……)

胸に抱いていた不安が的中したのを感じて、幸哉の心臓は激しく動悸した。

(俺にできることは無いのか……?)

自らに対する問いとともに幸哉が傭兵達から借りた双眼鏡を覗くと、そこには銃撃戦に巻き込まれながら逃げ惑う難民達の姿が映っていた。

弱い人達を救うために生きる……。

双眼鏡で集落の惨状を覗く幸哉の頭の中では、母から託された言葉が渦巻いていた。

(そうだ……。俺は弱い人を守るために、この国に来た…。親しい友達を危険に晒してまで……。それならば……!)

それならば、今こそ弱い人達を助けなくてどうする……、そう思った幸哉は自分の安全や危険を考えるよりも先に走り出した。

「No!No!」

突然、村に向けて走り出した幸哉に対して、難民達が片言の英語で必死に制止を呼びかけたが、自分自身が己に与えた役目のため、一心不乱に駆ける幸哉の耳に、その言葉は届いていなかった。
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